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まち
作品ID49093
著者田山 花袋 / 田山 録弥
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 花袋全集 第二十七巻」 臨川書店
1995(平成7)年7月10日
初出「文章世界 第六巻第十一号」1911(明治44)年8月1日
入力者きゅうり
校正者岡村和彦
公開 / 更新2019-11-27 / 2019-11-01
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 県庁のある町には一種のきまつた型がある。大抵封建時代の城址をその公園にして、其一部に兵営があつたり、行政官衙があつたりする。そしてその街には屹度東京の浅草公園とか大阪の千日前とかを小さくしたやうな賑かな一角を持つて居る。
 県庁のある町は概して感じが浅薄で、何処となく気分がそは/\する。繁華の程度が加はつて来れば来るほど、其土地固有の古い空気を失つて居る。広島だの仙台だの、岡山だの、福岡だの、何う観察して見ても好い町だとは思はれない。すぐれた面白い処とも思はれない。
 それでもまだ昔のなつかしい空気が何処となく残つて居て、士族町などに紅白の木槿の花の垣を見るやうな町が、その多い県庁のある町の中にないでもない。若い娘達の紅い頬の中には、其土地の純な色と匂ひとを味ふことの出来るやうな処もないではない。そしてそれは多くは交通の不便な処とか、東京を遠く離れた所とかの町になる。弘前などはその一つである。秋田もその一つである。山形も其一つである。
 金沢は百万石の城下と言つたやうな何処となくボンヤリした処が著しく眼につく。堅い感じのする町、夜のさびしい町、家のつくりの陰気な町、それに空気に停滞したやうな佗しい気分がある。富山は散漫な感じが第一に印象されて来る。昔の封建時代のカラーなどといふものは殆どない。何だか新開地の町にでも来たやうな気分がする。
 県庁のある町で、しかも東京に近く、最も発達しない町は浦和である。それに、此町は他の県庁のある町とは違つて街道の一駅である。此町は他の町の輻射的に発達して居るのに引きかへて、直線的に発達してゐる。裏町の浅い町である。
 水戸、和歌山、名古屋――今では名古屋はぐつと群を抜いて了つたが、それでも何処か徳川御三家の城下といふ気分には同じやうな処がある、しかし水戸も和歌山も余り好い感じのする町ではない。馬鹿に広い士族町も厭だ。それに水戸も和歌山も商業の余り盛な土地ではない。水戸の如きは殊に甚しい。
 四面山を以て囲まれた町には甲府と若松とがある。そしてそれが種類こそ違ふが、一種の気風を形ちつくつて居るのは面白い。一は甲州気質、一は会津気質。それが何方も規模の小さい、局量の狭い、しかも気概の強い処に於て一致してゐるのは面白い。
 甲府も若松ももとは谷湖を成して居たといふ。猪苗代湖が若松平野を浸してゐた時分には、甲府盆地はまだ富士川の疏水路を得なかつた。谷湖の址に栄えた人間といふことは、地理学上面白い現象を呈してゐると言ひたい。
 九州では、長崎が兎に角特色に富んで居ると思ふ。今は衰頽の気分が街頭に遍く、対岸飽浦の機械の響が徒らに喧しいといふ感じを起させるが、其処には過古の種々の記念物が多く残つて居るので、それが旅客の思を誘ふに十分である。支那人の建てた寺院、オランダの昔を偲ばせるやうなしつこく彩つた硝子窓、古い寺の門の並んだ寺町通、…

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