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或る国のこよみ
あるくにのこよみ |
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作品ID | 49137 |
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著者 | 片山 広子 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「燈火節」 月曜社 2004(平成16)年11月30日 |
入力者 | 竹内美佐子 |
校正者 | 富田倫生 |
公開 / 更新 | 2008-12-20 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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はじめに生れたのは歓びの霊である、この新しい年をよろこべ!
一月 霊はまだ目がさめぬ
二月 虹を織る
三月 雨のなかに微笑する
四月 白と緑の衣を着る
五月 世界の青春
六月 壮厳
七月 二つの世界にゐる
八月 色彩
九月 美を夢みる
十月 溜息する
十一月 おとろへる
十二月 眠る
ケルトの古い言ひつたへかもしれない、或るふるぼけた本の最後の頁に何のつながりもなくこの暦が載つてゐるのを読んだのである。この暦によると世界は無限にふくざつな色に包まれてゐる。一月二月三月四月の意味はよくわかる。五月が青春であるのは、わが国に比べるとひと月遅いやうに思はれる、もつと北に寄つた国であるからだらう。したがつて、六月のすばらしさも一月おくれかもしれぬ。七月、霊が二つの世界にゐるといふのは、生長するものと衰へ初めるものとの二つの世界のことであらうか? 八月、色彩といふのは空の雲、飛ぶ鳥の羽根や、山々のみどり、木草の花の色、それが一時にまぶしいほど強烈で、ことに北の国は春から夏に一時にめざましい色を現はす。九月、美を夢みるといふのは八月の美しさがまだ続いて、やや静かになつてゆく季節。十月は溜息をする、さびしい風が吹く。十一月、すべての草木が疲れおとろへ、十二月、眠りに入る。この霊といふ字がすこし気どつた言葉のやうで、これを自然といふ字におき代へて読みなほしてみた。その方がはつきりする。
この季節を色別けしてみると、白、うす黄、青、緑、紅と菫いろ、黄と赤、灰色と黒、こんなものかと思はれる。陰陽五行説といふことをいつぞや教へられた。それは、木火金水に春夏秋冬の四時、青赤白黒の四色を配したのださうである。春が青く、夏が赤く、秋が白く、冬が黒いのである。私にはかういふむづかしい事はよく分らないけれど、染色の方からいふと、普通に原色といふのは紅黄青である。青は黒に通じ、紅は黄をふくみ、紫にも通じる。白は? 白は或る時は黒くもなり、青くもなるやうである。絵の方は少しも知らないから私には何も言へないが、自分の好む道、短歌の中ですこしばかりこの色別けをしてみようと思つた。古歌についてである。現代の歌の色彩はかなり強いものがあるやうだけれど、古歌の色はすべて淡い。そして一つの色でなくいくつもの陰影や感じがふくまれて別の色に見えることもある。織物に玉虫いろといふのがある、それに似てゐる。
「石ばしる垂水の上のさ蕨のもえいづる春になりにけるかも
「春日野の雪間をわけて生ひ出づる草のはつかに見えし君かも
「水鳥の鴨の羽のいろの春山のおぼつかなくも念ほゆるかも
これはまだ春浅い日ごろ、青といへないほどのうす黄の色、白も青もある。いはゆるケルトの暦の、自然が虹を織るといつた「希望の月」二月のほの温かいものがふくまれてゐる。
「わが背子が見らむ佐保道の青柳を手折りてだにも見む…