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東北の家
とうほくのいえ
作品ID49143
著者片山 広子
文字遣い新字旧仮名
底本 「燈火節」 月曜社
2004(平成16)年11月30日
入力者竹内美佐子
校正者富田倫生
公開 / 更新2008-12-20 / 2014-09-21
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

東北に子の住む家を見にくれば白き仔猫が鈴振りゐたり

 東京に生れて東京にそだち東京で縁づいたFが、はじめて仙台に住むことになつたのは昭和十六年の夏であつた。Fの夫が商工省から仙台の鉱山局に転じて行つたのである。そとに出ることをひどく面倒がる私も、私としては気がるによばれて仙台の家にいく度か泊りに行つた。十六年と十七年の二度の秋、それから十八年の春と、そのたびに十日位づつは泊つてゐたから、つまり三十日間なじみの仙台である。わかい時からまるで旅行の味を知らずに、鎌倉と軽井沢に子供たちの夏休みの七月八月を過すだけで、ある時何かの拍子に東海道は興津ぐらゐまで行つたといふ珍らしい引込み思案の私がはるばる仙台まで出かけて行つたのは、先きが自分の娘の家であるだけでなく、若い時分から歌の方で万葉でも古今でもむやみと読みなれた「みちのく」といふ名にあこがれてゐたからであらう。まことに、「みちの奥」であつた。「冬はさむいのよ」とFが言つたけれど、私はその寒い冬を知らない、ただ好い季節だけの旅びとであつたから。
 はじめて行つたのは十月初めの、袷ではまだあついくらゐの名ばかりの秋であつた。その頃は仙台ぐらゐの大きな駅でも、もうタキシーはゐなかつたので、迎へに出てくれたFと私で荷物を下げて電車に乗つた。電車はかなり一ぱいでも、どこか「みちのく」らしくゆとりがあつた。街を通りすぎて「太神宮前」で降りた。その太神宮に向つてFの家の門があつたが、そこからすぐ傾斜になつて古い木の丸太があてがつてある段々を幾まがりも曲がつて下りてゆくと、傾斜面のあちらこちらの平地に四間か五間位の家が立つてゐた。みんな平屋だつたが、それよりもつと下の方にやや大きい二階屋が見えて、そこがFの家である。Mホテルの持ち家で鉱山局が代々の店子であるらしい。その家の側に高い樹が一本、茂るといふほどでなく茂つてゐた。胡桃だとFが教へてくれた。「ずゐぶん高い樹ね! 二階より高い!」と私は感心してながめたが、段々を下りきつて玄関のそで垣のそばを通るとき、仰むいてその樹を見ると、青い実が生つてゐた。信州にもたくさん胡桃があるけれど、私が夏ごとに住みなれた軽井沢の町近くではあまり胡桃の樹にめぐり会はないから、今ここに迎へてくれたこの樹は愉快な影を私の心に映した。玄関に迎へに出たC女のあとから鈴の音がチリチリきこえて小さな仔猫が駈け出して来た。小さな小さな白猫で、生れて二月ぐらゐの奴、私とは初対面の家族の一員である。
 家は南に向いて、庭の向うは石垣、石垣の下を一ぽんの道が通つてをり、道にくぎられて大学のひろいグラウンドが見える。そのグラウンドの向うには広瀬川が町の方向に流れ、白い木の橋がかかつてゐて山手の方に行く近みちである。川向うの山には観音様の大きなお堂があつて、夜は夜じう灯が見えた。
 この秋はずつと晴天が続いてゐたが、…

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