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さけ
作品ID4915
著者薄田 泣菫
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆66 酔」 作品社
1988(昭和63)年4月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2014-08-28 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 少し前の事だが、Kといふ若い法学士が夜更けて或料理屋の門を出た。酒好きな上に酒よりも好きな妓を相手に夕方から夜半過ぎまで立続けに呷飲りつけたので、大分酔つ払つてゐた。
 街灯の灯も点つてゐない真ツ暗がりに、Kは自分の鼻先に脊のひよろ高い男が立塞がつてゐるのを見たので、酔つ払がよくするやうにKは丁寧に帽子を取つてお辞儀をしたが、相手は会釈一つしないのでKは少し[#挿絵]然とした。
「さあ、退いた/\。成り立の法学士様のお通りだぞ。」
 Kはとろんこの眼を見据ゑて怒鳴るやうに言つたが、相手は一寸も身動きしようとしなかつた。
 喧嘩早いKは、いきなり拳をふり揚げて厭といふ程相手の頭をどやしつけた。が、相手は蚊の止つた程にも感ぜぬらしく、Kを見下してにや/\笑つてゐる。若い法学士は侮辱されたやうに、暴にいきり立つて、
「野郎かうして呉れるぞ。」
といきなり両手を拡げて武者振ついたと思ふと、力一杯頭突を食はせた。法律の箇条書で一杯詰つてゐる筈の頭は、案外空つぽだつたと見えて、缶詰の空殻を投げたやうに、かんと音がした。
 Kは脳振盪を起してその儘引くり返つて死んで了つた。相手は相変らず身動もしない。身動しないのもその筈で、相手は無神経な電信柱で、酔払つたKは夜目にそれを人間と見違へて喧嘩をしたのだつた。
 Kは生き残つた母の手で青山の墓地に葬られたが、毎晩のやうにその夢枕に立つて、頭の向が違つてる違つてるといふので、母は人夫を雇つて掘返してみると、かんと音のした頭は果して南向に葬られてゐた。母親は泣き/\向きを直して葬つて了ふと、それ以来また夢枕に立たなくなつたさうだ。



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