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二面の箏
にめんのこと
作品ID49196
著者鈴木 鼓村
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」 ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-10-03 / 2014-09-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 自分の京都時代にあった咄をしよう。
 元来箏という楽器は日本の楽器中でも一番凄みのあるものだ、私がまだ幼い時に見た草艸紙の中に豊國だか誰だったか一寸忘れたが、何でも美しいお姫様を一人の悪徒が白刃で真向から切付ける。姫は仆れながらに、ひらりと箏を持ってそれをうけている、箏は斜めに切れて、箏柱が散々にはずれてそこらに飛び乱れ、不思議にもそのきられた十三本の絃の先が皆小蛇になって、各真紅の毒舌を出しながら、悪徒の手といい足といい首胴の差別なく巻き付いている、髪面の悪徒は苦しそうな顔をして悶き苦しんでいるというような絵を見た事があるが、自分は幼な心にも物凄く覚えて、箏というものに対して何だか一種凄い印象が今日まで深く頭に刻み付けられているのだ、論より証拠、寺の座敷か、御殿の様な奥まった広い座敷の床の間へでもこれを立て懸けておいて御覧なさい、随分いやな感のするものだ。殊にこれは横にしたよりも縦にすると一層凄く見える。それかあらぬかロセッチの画いた絵に地中海で漁夫を迷わすサエレンという海魔に持たしてあるのは日本の箏だ、しかもそれが縦にしてある、ロセッチは或はこれを縦に弾くものと誤解したのかもしれぬが、この物凄い魔の女に取合わした対照は実に佳いと思った。
 前置づきだが、要するに箏というものは何だか一種凄みのあるものだということに過ぬ、これから談すことも矢張箏に関係したことなので、その後益々自分は箏を見ると凄い感が起るのである。
 私が京都に居った時分私の女門弟に某という娘があった。年齢はその頃十九だったが、容貌もよし性質も至って温雅な娘でまた箏の方にかけては頗る天稟的なので、師匠の自分にも往々感心する様なことがあったくらいだ。その時分両親はまだ健全で、親子三人暮し、家も貧しい方でもなく先ず普通の生活をしていた、元来がこういう温和な娘だったから、親達の命令には少しぐらい無理なことがあっても自分の意を屈げても従うと言う風であった。容貌は佳し性質もこんな温厚な娘だったが、玉にも瑕の例でこの娘に一つの難というのは、肺病の血統である事だ。娘自身も既にそれと心付き、それに前にいった様に温雅な――寧ろ陰気と言う方の質だったから、敢て立派な処へ嫁に行きたいと云う様な望もない、幸い箏は何よりも好きの道だから、自分はこの道を覚込んで女師匠に一生一人生活をして行く方が、結句気安いだろうと思ったので、遂に自分の門弟となったが、技術の上には前いう如く天稟的だし当人も非常に好きなものだから技術は日に増し上達する。自分も特別心懸けて教えていたが、その時分は最早自分で大分門弟をとって立派にかんばんをかける様になった。ところが娘はそうは云うものの両親も一度はそれを許してもみましたが、最早年頃でもあるし同じ朋輩が皆丸髷姿に変るのを見ると親心にもあまり良い心持もしない、実は密かに心配をしていたのだ。すると…

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