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菜の花物語
なのはなものがたり
作品ID49201
著者児玉 花外
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」 ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日
初出「新小説 明治四十四年十二月号」春陽堂、1911(明治44)年12月
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-10-31 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 大和めぐりとは畿内では名高い名所廻りなのだ。吉野の花の盛りの頃を人は説くが、私は黄な菜の花が殆んど広い大和国中を彩色する様な、落花後の期を愛するのである、で私が大和めぐりを為たのも丁度この菜の花の頃であった。
 浄瑠璃に哀情のたっぷりある盲人沢一お里の、夢か浮世かの壺坂寺に詣でて、私はただひとり草鞋の紐のゆるんだのを気にしながら、四月の黄な菜の花匂うほこりの路をスタスタと、疲れてしかし夢みつつ歩いて行った。不思議なほど濃紫に晴上った大和の空、晩春四月の薄紅の華やかな絵の如な太陽は、宛ら陽気にふるえる様に暖かく黄味な光線を注落とす。
 狂熱し易い弱い脳の私は刺戟されて、遂いうつらうつらと酔った様になってしまう、真黄な濃厚な絵具を野一面にブチ撒けたらしい菜の花と、例の光線が強く反射して私の眼はクラクラと眩しい。それでも、畿内の空の日だと思うと何となく懐かしい、私は日頃の癖のローマンチックの淡い幻影を行手に趁いながら辿った。
 額は血が上って熱し、眼も赤く充血したらしい? 茲に倒れても詩の大和路だママよと凝と私は、目を閉って暫らく土に突っ立っていた。すると後ろにトンカタントン……、奇妙に俄かに自分を呼覚すかのような音がした。
 瞬間の睡眠から醒めた心地で、ぐるりと後ろの方を向くと家が在り、若い女が切りと機を織っている。雪を欺むく白い顔は前を見詰たまま、清しい眼さえも黒く動かさない、ただ、筬ばかりが紺飛白木綿の上を箭の如に、シュッシュッと巧みに飛交うている。
 まだこの道は壺坂寺から遠くも来なんだ、それに壺坂寺の深い印象は私に、あのお里というローマンチックな女は、こんな機を織る女では無かったろうか、大和路の壺坂寺の附近で昔の夢の女――お里に私は邂逅ったような感じがした。
 不思議のローマンチックに自分は蘇生って、復も真昼の暖かい路を曲りまがって往く……、しかし一ぺん囚われた幻影から、ドウしても私は離れることは能きない、折角覚めるとすればまた何物かに悩まされる。つまり、晩春四月の大和路の濃い色彩に、狂乱し易い私の頭脳が弄られていたのであった。
 円いなだらかな小山のような所を下ると、幾万とも数知れぬ蓮華草が紅う燃えて咲揃う、これにまた目覚めながら畷を拾うと、そこは稍広い街道に成っていた。
 ふと向うの方を見ると、人数は僅少だけれど行列が来るようだ。だんだん人影が近づいたがこれは田舎の婚礼であった、黒いのは一箇の両掛で、浅黄模様の被布をした長櫃が後に一箇、孰れも人夫が担いで、八九人の中に怪しい紋附羽織の人が皆黙って送って行く――むろん本尊の花嫁御寮はその真中にしかも人力車に乗って御座る――が恰ど自分の眼の前に来かかった。
 黄な菜の花や、紅い蓮華草が綺麗に咲いている大和路の旅の途中、田舎の芽出度い嫁入に逢うのは嬉しいが、またかかる見渡す一二里も村も家もない処で不思議で…

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