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死体室
したいしつ
作品ID49211
著者岩村 透
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」 ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-10-15 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 私は今度躯に腫物が出来たので、これは是非共、入院して切開をしなければ、いけないと云うから、致方なく、京都の某病院へ入りました。その時、現今医科大学生の私の弟が、よく見舞に来てくれて、その時は種々の談の末、弟から聴いた談です。
 元来病院というものは、何となく陰気な処で、静かな夜に、隣室から、苦しそうな病人の呻吟が聞えてきたり、薄暗い廊下を白い棺桶が通って行ったりして、誠に気味の悪るいものだが、弟はその病院の二階にある解剖室で、或晩十時頃まで、色々人骨を弄くって、一人で熱心に解剖学の研究をしていたが、最早夜も更けたので、家へ帰ろうと思ってその室へ錠を下ろして、二階から下りて来ると、その下にある中庭の直ぐ傍の、薄暗い廊下を通って、小使部屋の前にくると内で蕭然と、小使が一人でさも退屈そうに居るから、弟も通りがかりに、「おい淋しいだろう」と談しかけて、とうとう部屋へ入って談込んでしまった。その時に、弟が小使に向って、「斯様な室に、一人で夜遅く寝ていたら、さぞ物凄い事もあるだろう」と訊ねると、彼は「今では、最早馴れましたが、此処へ来た当座は、実に身の毛も竦立つ様な恐ろしい事が、度々ありました」というので、弟は膝を進めて、「一躰、それは如何な事だった」と強いて訊ねたので、遂に小使が談したそうだが、それはこうであったというのだ。一躰、この小使部屋のあるところというのは、中庭を間に、一方が死体室で、その横には、解剖学の教室があるのだが、この小使が初めて来たのが、恰も冬のことで、夜一人で、その部屋に寝ていると、玻璃窓越しに、戸外の中庭に、木枯の風が、其処に落散っている、木の葉をサラサラ音をたてて吹くのが、如何にも四辺の淋しいのに、物凄く聞えるので、彼も中々落々として寝込まれない。ところが、この小使部屋へは、方々の室から、呼鈴の電線がつづいているので、その室で呼ぶと、此処で電鈴が鳴って、その室の番号のついてる札が、パタリと引繰返るという風になっているのだが、何しろ、彼も初めての事なので、薄気味悪るく、うとうとしていると、最早夜も大分更けて、例の木枯の音が、サラサラ相変らず、聞える時、突然に枕許の上の呼鈴が、けだだましく鳴出したので、おやおや今時分、何処の室から、呼ぶのだろう、面倒臭いことだなどと思いながら、思わず、ひょこり頭を擡げて、それを見上げると、こは如何に、その札の引繰返っているのは、正しく人も居ない死体室からなので、慄然としたが、無稽無稽しいと思って、恐々床へ入るとまたしきりそれが鳴り出して、パタリと死体室の札が返るのだ。彼も最早堪らず、震えながらにとうとう夜を明かしたとの事である。しかし今では奇妙なもので、「もうそれも平気になった」と彼は頗ぶる平然として語ったが、この際弟は、思わずそこの玻璃窓越しに見える死体室を見て、身震をしたと、談したのであった。



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