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千ヶ寺詣
せんがじもうで
作品ID49243
著者北村 四海
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」 ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-10-07 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 現今私の家に居る門弟の実見談だが、所は越後国西頸城郡市振村というところ、その男がまだ十二三の頃だそうだ、自分の家の直き近所に、勘太郎という樵夫の老爺が住んでいたが、倅は漁夫で、十七ばかりになる娘との親子三人暮であった、ところがこの家というのは、世にも哀れむべき、癩病の血統なので、娘は既に年頃になっても、何処からも貰手がない、娘もそれを覚ったが、偶然、或時父兄の前に言出でて、自分は一代法華をして、諸国を経廻ろうと思うから、何卒家を出してくれと決心の色を現したので、父も兄も致方なく、これを許したから、娘は大変喜んで、早速まだうら若き身を白衣姿に変えて、納経を懐にして、或年の秋、一人ふいと己の故郷を後にして、遂に千ヶ寺詣の旅に上ったのであった、すると、それから余程月日も経ったが、不幸にも娘は旅の途中、病を得て家に帰って来たが、間もなく、とうとう此度は、あの世の旅の人となってしまった、父や兄の悲歎は申すまでもなかったが、やがて、質素な葬式も済してそれも終った。
 すると、或冬の事、この老爺というのが、元来談上手なので、近所の子供達が夜になると必ず皆寄って来て、老爺に談をせがむのが例であったが、この夜も六七人の子供が皆大きな炉の周囲に黙って座りながら、鉄鍋の下の赤く燃えている榾火を弄りながら談している老爺の真黒な顔を見ながら、片唾を呑んで聴いているのであった、私に談した男もその一人であったそうだ。戸外は雪がちらちら降っていて、時々吹雪のような風が窓の戸をガタガタ音をさして、その隙間から、ヒューと寒く流込むと、申合した様に子供達は、小な肩を皆縮める、榾火はパッと一しきり燃え上って、後の灰色の壁だの、黒い老爺の顔を、赤く照すのであった、田舎のことでもあるし、こんな晩なので、宵から四隣もシーンとして、折々浜の方で鳴く鳥の声のみが、空に高く、幽かに聞えてくるのである、夜も更けて十時過ぎた頃だった、今まで興に乗じて夢中に談していた老爺が、突然誰も訪れた声もせぬのに、一人で返事をしながら、談半ばに、ついと起って、そこの窓際まで来て、雨戸を開けて、恰も戸外の人と談をしているかの様子であった、暫時して、老爺はまた戸を閉めて、手に何か持ちながら其処の座に戻って来たが、子供等もあまり不思議に思ったので、それを尋ねると、老爺はさも困ったという風をして「何、実はこの間死んだ、己の娘が来たんだがの、葬式の時、忘れて千ヶ寺詣りのなりで、やったものだから困るといって、今この通り、白衣と納経を置いて行って、お寺さんへ納めてくんろといいながら、浜の方さ、行ってしまっただよ」と談された時には、子供達は皆震上って一同顔色を変えた、その晩はいとど物凄い晩なのに、今幽霊が来たというので、さあ子供等は帰れないが、ここへ泊るわけにもゆかないので、皆一緒に、ぶるぶる震えながら、かたまって漸くの思いをして帰ったとの…

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