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闥の響
ドアのひびき
作品ID49244
著者北村 四海
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」 ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-10-07 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 私が巴里に居た時、一時、リャンコルン街の五十番に家を借りていた事がある、この家屋は四階建で、私の居たのもこの四階の上であった、すると隣家に十二ばかりの女の子を上に八歳ばかりと五歳ばかりの男の子が居た。父親というのは、何の職務をしていたのか、自分は、終ぞ家人に訊ねた事もなく、如何も解らなかったが、毎日早朝から丁度巡査の様な服装をして、出て行って、夜に入って帰って来るので、自分が其処に居たのも三月ばかりの間だったが、一度も談話した事もなく、ただ一寸挨拶をするくらいに止まっていた、がその三人の子供が、如何にも可愛いので、元来が児好きの私の事だから、早速御馴染に成って、ちょいちょい遊びにやってくる、私も仕事の相間の退窟わすれに、少なからず可愛がってやった、頃は恰度、秋の初旬九月頃だったろう、ふと或朝――五時前後と思う――寝室の闥がガチリと開いた様な音がしたので自分は思わず目が覚めてみると、扉のところに隣の主人が、毎日見る、矢張巡査の様な服装を着けて、茫然と立っている、ハッと思うと、ズーッと自分の寝台の二間ばかり前まで進んで来たが、奇妙に私はその時には口もきけない、ただあまり突然の事だから、吃驚して見ていると、先方でも何言も云わずにまた後方へ居って、何処ともなく出て行ってしまった、何分時刻が時刻だし、第一昨夜私は寝る前に確かに閉めた闥が外から明けられる道理がない、また今見た姿を隣人とは思ったが寝ぼけ眼の事だから、もしや盗賊ではないかと私は直に寝台から飛下りて行って闥の錠を検べると、ちゃんとかかっている、窓の方や色々と人の入った形跡を見たが、何処からも入って来た様子もなし、また出た様な迹方もない、あまりに奇異なこともあると思いながら、それから起きて朝飯を食っていると、突然隣家から何か多くの人声が騒がしく聞こえてきた、隣家といっても、実は壁一重の事だから、人の談話声がよく聞えるので、私は黙って耳をすまして聴いてると、思わず戦慄とした、隣の主人が急病で死んだとの事だ、隣家の事でもあるから、黙っていられず、自分も早速悔に行った、そして段々聴いてみると、急病といっても二三日前からわるかったそうだが、とうとう今朝暁方に、息を引取ったとの事、自分がその姿を見たのも、今朝がた、自分は決してそんな病気というような事も知らない、談話さえ一度もしない、あかの他人だ、そしてこの無関係な者の眼にかく映じたのだ。



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