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□本居士
ほんこじ
作品ID49257
著者本田 親二
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」 ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日
初出「新小説 明治四十四年十二月号」春陽堂、1911(明治44)年12月
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-10-31 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 時代はよく解りませんが、僕の祖父の若い時ですから、七十年ばかり前でしょう。
 大隅国加治木に長念寺という寺がある。其寺に、或人が死んで葬られた。生前の名は忘れました。四十九日経ってから家族が墓石を建てたんです。その墓石――高サ約二尺くらいの小さな墓――に、仏名が彫ってある、慥か四字でした。上の字は忘れましたが、「□本居士」と彫ってあります。
 その「本」とい字の下の十の横の一に朱が入れてあるのです。今現にその朱が入っています。
 その十の字の一画の、由来因縁になるお話ですが、始め、墓石を建てた時、その「本」と云う字が、石工の誤りで、「木」と云う字になっていたのです。
 それを誰も気が着かないで、そのまま建ててしまったのですね。
 ところが、その墓石を建てた晩に――死んだ人の親友に、妙善と云う僧侶がある、これは別の天総寺という寺に、住職をしていました――その天総寺の門前へ来て、「妙善妙善。」と呼ぶ声がする。
 その声が如何にも死んだ人の声に似ている。いつもその天総寺へ遊びに来る度に、そう云う風にその人は呼んでいたそうです。
 で、如何にもその声が似ているから、妙善は「まあお入んなさい。」と言ったんですね。そうすると、その人は入って来たんです。白装束のまんま、死んだ時の姿で、そうして庫裡へ上って来た。
 ちゃんと座敷へ入って、坐蒲団の上へ坐ったそうです。
 で、普通の挨拶をしたんですね、何と挨拶をしたか、それは知らないが。
 その時、その妙善の梵妻が、お茶を持って入って来たんです。で、左に右夫妻とも判然見た。
 それから、その、梵妻の持って来たお茶を、その死人が飲み乾したんです。そして、
「今夜少しお願いがあって来た。」と言ったんです。
「甚麼事ですか、出来る事なら、何でもやりましょう。」と言うと、「実はその、今日墓石を建てて貰った。ところがその戒名の字が一字違っている。『本』という字が『木』になっている。しかし家の連中は女子供ばかりだから屹度気が着かぬに相違ない。お前に頼むから『木』の字を『本』に直してくれ」と云った。
 それから、妙善は、
「ええ那様事なら訳はないです。それじゃ明朝、左に右行って、検べてみて直しますが、そう云う事は長念寺の和尚の処へも行って、次手にお談なすったら可いでしよう。」と言うと、「そうか、それじゃ帰りに一寸寄って、話して行こう。」と言ったそうです。
 その時お寺で素麪が煮てあったんです。それから、「これは不味い物ですけれど」ってその梵妻が持って来たんです。そうしてそれをその死人の前へ出した。
 すると、「これは非常に旨い。」と言ってその素麪を食べてしまった。そうして、「宜しく頼む。」と言って、幽霊は帰って行ってしまった。
 後で妙善は、もし幽霊ならば本当に食える筈はない。お茶を飲んで、素麪を食ったのは些と怪しい――と考えた。
 で、…

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