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工場新聞
こうじょうしんぶん
著者徳永 直
文字遣い新字新仮名
底本 「徳永直文学選集」 熊本出版文化会館
2008(平成20)年5月15日
初出「新潮」1932(昭和7)年8月
入力者門田裕志
校正者津村田悟
公開 / 更新2020-02-15 / 2020-01-24
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「タッちゃん、なに読んでるの?」
 これも読書組の、トシが傍へよってきて、のぞきこんだ。馴れた臭気だけれど、ムッとめまいするような煙草の匂がした。
「いやよ」
 タツは、慌てて読んでたものをかくした。うすッぺらな、ガリ版ずりの「赤煉瓦」というのだった。
「意地わる!」
 作業帽の下から、赤ちゃけた頭髪をハミ出さしたトシは、タツをぶつ真似して、ゴロリと芝生の上へ腹這いになった。
 九時半の休憩時間は十五分しかなかった。だから読書組の、古雑誌や小説本を読む連中は、ベルが鳴ると、手も顔も洗わないで、いくらか静かな、この工場の中庭へかけ出してきた。
 立ちッ通しの、徳利のような大きな足をせいぜいのばして、十五分を出来るだけ有効につかうのだ。
 タツは、両手でかくすようにして、その「赤煉瓦」を読んだ。文学的な、タツにはわからない小むずかしいことが書いてあったり、プロレタリアと資本家は敵同士で、おれたちは、血をもってやつらと闘わねばならぬとか、タツは一方で恐怖めいたものを感じながら、それでも自分達の安い賃銀でつくっている煙草が、日本の軍事費の大部分になっていることを説明した記事なぞは、ひどく彼女をひきつけたりした。
「松本さんは、共産党かしらん?」
 タツは、今朝食堂の入口で、この「赤煉瓦」をくれた、工場の書記のことを考えた。彼女は松本に『不在地主』という小説を借りたことがあった。
 それ以来、松本は「小説」のことや、いろんなことで、タツを誘った。タツも松本たちに何かタメになるグループがあって、彼女も行ってはみたかったが、何となしに怖いような、それにどっか松本の理屈ッぽいところが好きになれなかった。
「ちょッと、学者、この字は『朗』とも読むんだろう」
 ノブ子という肥ったのが、芝生を這い寄るようにして訊いた。タツは仲間から学者という渾名をつけられていた。
「行ってみようか?」
 そう思うすぐそばから、新聞などで書きたてられている「共産党」というものの、陰惨な、暗いカゲがのしかかってきた。
「ちょっと、来たわよ」
 傍の五六人が、パタ、パタと立上った。向うから、見廻りの『組長』たちが、肩章をヒラつかせて三人ばかりでやって来た。
「芝生に入っちゃダメだよ」
「組長」たちは、作業服が少しもよごれていないで、きれいに『化粧』していた。彼女達は作業しないし、みんな縹緻よしで、美しくしている方が『昇給率』がよかった。
「何、云ってやがんだい、蛍め!」
 悪口屋のトシが、組長達が廊下の方へ消えるとすぐ芝生にころがった。蛍とは『尻で光る』という意味だ。
 廊下の方では、コンクリの上に、ペッタリ坐ってるものや、バタバタ駈け出してるものや、三四人で廊下の羽目板に顔をならべて唄ってるのや、他の工場から漁りにくる男工達とフザけてるのや色々だった。
「ちょいと、また誰か戦争にゆくわよ」
 …

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