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阿繊
あせん |
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作品ID | 4929 |
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著者 | 蒲 松齢 Ⓦ |
翻訳者 | 田中 貢太郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「聊斎志異」 明徳出版社 1997(平成9)年4月30日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 松永正敏 |
公開 / 更新 | 2007-09-21 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 12 ページ(500字/頁で計算) |
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奚山は高密の人であった。旅に出てあきないをするのが家業で、時どき蒙陰県と沂水県の間を旅行した。ある日その途中で雨にさまたげられて、定宿へゆきつかないうちに、夜が更けてしまった。宿をかしてくれそうな物を売る家の門口をかたっぱしから叩いてみたが、返事をするものがなかった。しかたなしに廡下をうろうろしていると、一軒の家の扉を左右に開けて一人の老人が出て来た。
「お困りのようだな。お入り。」
「有難うございます。」
山は喜んで老人についてゆき、曳いている驢を繋いで室の中へ入った。室の中には几も腰掛けもなかった。老人はいった。
「わしは、あんたがお困りのようだから、お泊めはしたが、わしの家は食物を売ったり、飲物を沽ったりする所でないから、手すくなでゆきとどかん。ただ婆さんと、年のいかない女があるが、ちょうど眠ったところじゃ。残りの肴はあるが、煮たきに困るので何もできない。かまわなければ、それをあげようか。」
老人はそういってから入っていった。そして、間もなく足の短い牀をもって来て下に置き、山をそれに坐らしたが、また入っていって一つの足の短い几を持って来た。それはいかにも急がしそうにいったりきたりするのであった。そのさまを見ては山もじっとしていられないので、曳きとめて休んでもらった。
「どうか、どうか、おかまいくださらんように。どうかお休みください。」
暫くすると一人の女が出て来て仕度をしてくれた。老人は女の方をちょっと見ていった。
「これが家の阿繊だ。起きて来たのか。」
見ると年は十六、七で、綺麗でほっそりしていて、それで愛嬌があった。山には年のいかない弟があってまだ結婚していないので、こういうのをもらいたいものだと思った。そこで老人の故郷や属籍を訊いてみた。老人はいった。
「わしは、士虚という名で、苗字は古というよ。子も孫も皆若死して、この女だけが遺っておる。ちょうど睡っておったから、そのままにしておったが、婆さんが起したと見える。」
「お婿さんは何という方です。」
「まだ許嫁になっておらんよ。」
山は喜んだ。そのうちに肴がごたごたと並んだが、旅館のこんだてに似ていた。食事が終ってから山はおじぎをしていった。
「旅をしておりますと、どんな方に御厄介になるかも解りません。ほんとうに御世話をかけました。この御恩は決して忘れません、ほんとにあなたのお蔭です。そのうえ、だしぬけに、こんなことを申しましてはすみませんが、私に三郎という弟があります。十七になりますが、書物も読み、商売をさしても、それほど馬鹿ではありません。どうかお嬢さんと縁組をさしていただきたいですが。貧乏人ですけれども。」
老人は喜んでいった。
「わしもこの家は、借りておる。もしそうなれば、一軒借りて移っていってもいい。そうするなら懸念もなくなる道理じゃ。」
山はすべてそれを承諾した。そこで起…