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作品ID | 4946 |
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著者 | 田中 貢太郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」 春陽文庫、春陽堂書店 1999(平成11)年12月20日 |
入力者 | Hiroshi_O |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2004-10-18 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 11 ページ(500字/頁で計算) |
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一
肥後の菊池家に磯貝平太左衛門武行と云う武士があった。頗る豪勇無雙の士であったが、主家の滅亡後、何を感じたのか仏門に入って、怪量と名乗って諸国を遍歴した。
甲斐の国を遍歴している時、某日唯ある岩山の間で日が暮れた。そこで怪量は恰好な場所を見つけて、笈をおろして横になった。
横になる間もなく月が出た。その月の光が四辺に拡がったかと思うと、その光の中から湧いて出たように黒い影が現れた。木樵らしい男だった。その男は周章てたようにして怪量の傍へ往った。
「御出家、此処で野宿なさるおつもりか、とんでもないこと、此処は恐ろしい魔所でござるぞ」
怪量はおちつきすましていた。
「それは面白い、狐が出るか、狸が出るか、それは知らぬが、左様な妖怪変化の出る場所へ野宿してこそ、諸国修行の甲斐があろうと申すものじゃ、かまわぬ、わしにかまわず、そうそう往かっしゃい」
男は怪量の顔を咎めるようにして覗きこんだ。
「大胆にも程のあるお方じゃ、此処へ野宿などされたら、それこそじゃ。さいわい近くにわしの住いがござる、荒屋ではあれど、此処よりはましじゃ、それに君子は危きに近寄らず、増上慢は、御仏もきつくお誡めのはずではござらぬか」
怪量はごそりと起きて笈を肩にした。
「それでは一つ厄介になろうかの」
「では足元に気をつけて、おいでなされませ」
岩山の間の道を攀じのぼって、やがて唯ある頂上の平べったい処へ出た。そこに草葺の家があって家の中から明るい灯が漏れていた。男は怪量を案内して裏手へ廻って往った。其処にすこしばかり野菜をつくった畑があり、畑の向うに杉の林があって、其処から筧の水を引いてあった。二人はその筧の水で足を洗って内へ入った。
炉の附近に四人の男女が控えて為た。男は怪量を上座へ請じてから四人を揮り返った。
「旅の御出家をお伴れ申したのじゃ、御挨拶申せ」
四人の者は交る交る怪量の前へ出て挨拶した。いずれも言葉は上品で態度もいやしくなかった。その後で女達は怪量に粥の膳をすすめた。怪量は無造作に粥を啜って、終ると口を拭い拭い主人の方を見た。
「御主人、先刻から御容子を伺うに、どうやら世の常の木樵衆とも見受けられぬ、以前は一花咲かした侍衆が、よくよくの仔細あっての山住いと睨んだが、いかがじゃ」
「それをお訊ねなされるか」
男は当惑したようにしていたが、やがて思いきったように顔をあげた。
「これも何かの縁、罪障消滅のたしになるかも判り申さぬ、それでは聞いて頂こうか。お察しの通り、以前はさる大名に仕えた侍でござったが、ふとした事から酒と女に心を奪われ、結局の果は何人かの者に手をかけて、この地に隠れておる者でござるが、時が経つにつれて浅間しく、邪慾のために、祖先を辱かしめたるこの身が恨めしゅう、此の比では、つくづくと後世のほども案じられてなりませぬわい」
「どう…