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雪女
ゆきおんな
作品ID4947
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」 春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年12月20日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-10-15 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 多摩川縁になった調布の在に、巳之吉という若い木樵がいた。その巳之吉は、毎日木樵頭の茂作に伴れられて、多摩川の渡船を渡り、二里ばかり離れた森へ仕事に通っていた。
 ある冬の日のことだった。平生のように二人で森の中へ往って仕事をしていると、俄に雪が降りだして、それが大吹雪になった。二人はしかたなしに仕事を止めて帰って来たが、渡頭へ来てみると、渡船はもう止まって、船は向う岸へつないであった。
 二人はどうにもならないので、河原の船頭小屋へ入った。船頭小屋には火もなく、二畳ほどの板敷があるばかりであった。
 二人はその板敷の上へ蓑を着て横になったが、昼間の疲れがあるのですぐ眠ってしまった。
 そのうち巳之吉は、寒いので目をさました。小屋の戸が開け放しになっていて雪がさかんに舞いこんでいた。
「茂作さんが外へ出たのか」
 巳之吉は茂作の方を見た。其処には真白い衣服の女がいて、それが茂作の上へのしかかって、その顔へ呼吸を吐きかけていた。巳之吉は驚いて声を立てようとした。と、女は茂作を棄てて巳之吉の上へ来た。それは白い美しい顔であったが、眼が電のように鋭かった。
 巳之吉は衝き飛ばして逃げようとしたが、体も動かなければ声も出なかった。女はその時はじめて巳之吉の貌に気が注いたようにした。巳之吉は田舎に珍しい[#挿絵]童であった。
「この事を何人にも話しちゃいけないよ、もし話したら、お前さんの命はないよ、判ったね、忘れちゃいけないよ」
 女はそのまま巳之吉を放れて戸外へ出、降りしきる雪の中へ姿を消していった。
 巳之吉ははね起きた。そして、戸をぴしゃりと閉めて、背でそれを押えながら茂作の方を見た。
「も、も、茂作さん」
 茂作は返事をしなかった。巳之吉はおそるおそる茂作の傍へ往って、茂作を揺り起そうとしたが、茂作は氷のように冷く硬ばっていた。巳之吉はその場に倒れてしまった。
 翌朝になって、巳之吉は船頭に気つけの水を飲まされて我れに返った。船頭は村の者を呼んで来て、ともども巳之吉をその家へ運んで往って、事情を聞いたが、巳之吉は何も云わなかった。
 巳之吉はそれから永い間床についていたが、やっと体の具合がよくなったので、一人でまた森へ通うようになった。そして、渡頭の船頭小屋の傍を往復するたびに、白い衣服の女の事を思いだして恐れた。
 そのうちに一年ばかり経った。それは木枯の寒い夕方であった。巳之吉は森からの帰りに渡船に乗ったところで、風呂敷包を湯とんがけにした田舎娘が乗っていた。手足のきゃしゃな色の白い娘であった。
 渡船をあがった巳之吉は、その娘と後になり前になりして歩いていたが、そのうちに並んで歩くようになった。巳之吉は娘の素性が知りたかった。
「お前さんは、何処だね」
 娘は武蔵の奥の者で、両親に死に別れ、他に身寄もないので、わずかな知人をたよりに、江戸へ女中奉公の口を…

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