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円朝の牡丹灯籠
えんちょうのぼたんどうろう
作品ID4950
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」 春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年12月20日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-10-18 / 2014-09-18
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一

 萩原新三郎は孫店に住む伴蔵を伴れて、柳島の横川へ釣に往っていた。それは五月の初めのことであった。新三郎は釣に往っても釣に興味はないので、吸筒の酒を飲んでいた。
 新三郎は其の数ヶ月前、医者坊主の山本志丈といっしょに亀戸へ梅見に往って、其の帰りに志丈の知っている横川の飯島平左衛門と云う旗下の別荘へ寄ったが、其の時平左衛門の一人娘のお露を知り、それ以来お露のことばかり思っていたが、一人でお露を尋ねて往くわけにもゆかないので、志丈の来るのを待っていたところで、伴蔵が来て釣に誘うので、せめて外からでも飯島の別荘の容子を見ようと思って、其の朝神田昌平橋の船宿から漁師を雇って来たところであった。
 新三郎は其のうちに酔って眠ってしまった。伴蔵は日の暮れるまで釣っていたが、新三郎があまり起きないので、
「旦那、お風をひきますよ」
 と云って起した。新三郎はそこで起きて陸へ眼をやると、二重の建仁寺垣があって耳門が見えていた。それは確に飯島の別荘のようであるから、
「伴蔵、ちょっと此処へつけてくれ、往ってくる処があるから」
 と云って船を著けさして、陸へあがり、耳門の方へ往って中の容子を伺っていたが、耳門の扉が開いているようであるから思いきって中へ入った。そして、一度来て中の方角は判っているので、赤松の生えた泉水の縁について往くと、其処に瀟洒な四畳半の室があって、蚊帳を釣り其処にお露が蒼い顔をして坐っていた。新三郎は跫音をしのばせながら、折戸の処へ往った。と、お露が顔をあげて此方を見たが、急に其の眼がいきいきとして来た。
「あなたは、新三郎さま」
 お露も新三郎を思って長い間気病いのようになっているところであった。お露はもう慎みを忘れた。お露は新三郎の手を執って蚊帳の中へ入った。そして、暫くしてお露は、傍にあった香箱を執って、
「これは、お母さまから形見にいただいた大事の香箱でございます、これをどうか私だと思って」
 と云って、新三郎の前へさしだした。それは秋野に虫の象眼の入った見ごとな香箱であった。新三郎は云われるままにそれをもらって其の蓋を執ってみた。と、其処へ境の襖を開けて入って来たものがあった。それはお露の父親の平左衛門であった。二人は驚いて飛び起きた。平左衛門は持っていた雪洞をさしつけるようにした。
「露、これへ出ろ」それから新三郎を見て、「其の方は何者だ」
 新三郎は小さくなっていた。
「は、てまえは萩原新三郎と申す粗忽ものでございます、まことにどうも」
 平左衛門は憤って肩で呼吸をしていた。平左衛門はお露の方をきっと見た。
「かりそめにも、天下の直参の娘が、男を引き入れるとは何ごとじゃ、これが世間へ知れたら、飯島は家事不取締とあって、家名を汚し、御先祖へ対してあいすまん、不孝不義のふとどきものめが。手討ちにするからさよう心得ろ」
 新三郎が…

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