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ともしい日の記念
ともしいひのきねん
作品ID49510
著者片山 広子
文字遣い新字旧仮名
底本 「燈火節」 月曜社
2004(平成16)年11月30日
入力者竹内美佐子
校正者林幸雄
公開 / 更新2009-10-05 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 終戦直後わが国にゐた外人たちの中で、兵隊さんたちはみんな一食づつきまつた配給であつたから、その人たちはそれでもよかつたが、家族づれの一家で軽井沢に暮してゐる人たちなぞ私たち以上にともしかつた。彼らは私たちのやうに蓮根や牛蒡は食べられず、たべ馴れた野菜の馬鈴薯とかきやべつ玉葱と、それにきまつた配給のパンを食べ一度一度に缶づめの肉をたべてゐた。私と同じ宿屋の二階に二人の子供があるアメリカ人一家がゐたが、この人たちは運よく総司令部に勤めるやうになつて段々らくになつて来た。それでもパンや肉を余計に食べることは出来ないから、夕飯の時はきまつた量のパンと一品の肉料理、野菜と、そのあとでお粥をたべた。米一合に小さいきやべつならば一つ、大きいのならば半分ぐらゐ、こまかくきざんで米と一しよにぐたぐた煮ると、米ときやべつがすつかり一つにとけ合つてしまふ。うすい塩味にして、それに日本葱を細かく切つて醤油だけで煮つけて福神漬ぐらゐの色あひのもの、まづ葱の佃煮である、これをスープ皿に盛つたお粥の上にのせて食べる。宿屋のお勝手で教へられたとほり作つてみると、温かくて甘くすべこく誠によい舌ざはりであつた。ある時日本葱がなかつたので玉葱でやつてみると、日本葱より水つぽく、甘たるくてこのお粥には全然調和しなかつた。
 このごろ食べるものはそれ程くるしくないのできやべつのお粥なぞ久しく忘れてゐたが、これは今食べても中々おいしい。昔イスラエル国では正月の十四日から七日のあひだ酵いれぬパンの節といふのを守つて、神とモーセに依つてエジプトから救ひ出された時の記念にしたといふことであるが、私たちの最も苦しかつた時の記念にこんなきやべつのお粥とか砂糖なしの塩あんしることか、肉なしコロツケとかいふやうな献立を考へて、それもそれなりに愉しくおいしく食べてみたらどうかと考へる。お金を使へばきりがない。まるでお金を使はなければ生きてゆけない世の中である。何とかして健全に愉快に生きつづける工夫をしてみよう。
 乏しく苦しかつた日の記念日、何といふ名にしようか? それは祝ひ日であらうか、それとも命日みたいなものかしら? 恐らくそのどちらでもなく、まづお正月みたいに、あまりおいしくない料理を愉しくおいしさうに食べてゐればよろしい。その時分に私たちが喜んで食べてゐたものを二つ三つ思ひ出してみよう。
 白米の御飯はしばらくお預けにして、きやべつのお粥でも、あるひはメリケン粉とおからと交ぜた蒸パンでもよろしい。馬鈴薯をマツシユにして、野菜の濃いカレー汁をかけ、ゆで玉子一つを細かくきざんで散らばし、福神漬なぞあしらへば立派な主食になる。(福神漬や、らつきようはあの当時入手できなかつたかもしれない)お魚はみがきにしんのてり焼が一ばん結構だと思ふ、味がそれより落ちるけれど烏賊のわた煮(輪ぎりにしたもの)、鰯のみりんぼし、家庭で…

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