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半七捕物帳の思い出
はんしちとりものちょうのおもいで
作品ID49532
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「岡本綺堂随筆集」 岩波文庫、岩波書店
2007(平成19)年10月16日
初出「文芸倶楽部」1927(昭和2)年8月号
入力者川山隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-12-18 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 初めて「半七捕物帳」を書こうと思い付いたのは、大正五年の四月頃とおぼえています。そのころ私はコナン・ドイルのシャアロック・ホームスを飛び飛びには読んでいたが、全部を通読したことがないので、丸善へ行ったついでに、シャアロック・ホームスのアドヴェンチュアとメモヤーとレターンの三種を買って来て、一気に引きつづいて三冊読み終ると探偵物語に対する興味が油然と湧き起って、自分もなにか探偵物語を書いてみようという気になったのです。勿論その前にもヒュームなどの作も読んでいましたが、わたしを刺戟したのはやはりドイルの作です。
 しかしまだ直には取りかかれないので、更にドイルの作を猟って、かのラスト・ギャリーや、グリーン・フラグや、キャピテン・オブ・ポールスターや、炉畔物語や、それらの短篇集を片端から読み始めました。しかし一方に自分の仕事があって、その頃は『時事新報』の連載小説の準備もしなければならなかったので、読書もなかなか捗取らず、最初からでは約一月を費して、五月下旬にようやく以上の諸作を読み終りました。
 そこで、いざ書くという段になって考えたのは、今までに江戸時代の探偵物語というものがない。大岡政談や板倉政談はむしろ裁判を主としたものであるから、新に探偵を主としたものを書いてみたら面白かろうと思ったのです。もう一つには、現代の探偵物語をかくと、どうしても西洋の摸倣に陥り易い虞れがあるので、いっそ純江戸式に書いたらば一種の変った味のものが出来るかも知れないと思ったからでした。幸いに自分は江戸時代の風俗、習慣、法令や、町奉行、与力、同心、岡っ引などの生活に就ても、一通りの予備知識を持っているので、まあ何とかなるだろうという自信もあったのです。
 その年の六月三日から、先ず「お文の魂」四十三枚をかき、それから「石灯籠」四十枚をかき、更に「勘平の死」四十一枚を書くと八月から『国民新聞』の連載小説を引受けなければならない事になりました。『時事』と『国民』、この二つの新聞小説を同時に書いているので、捕物帳はしばらく中止の形になっていると、そのころ『文芸倶楽部』の編輯主任をしていた森暁紅君から何か連載物を寄稿しろという註文があったので、「半七捕物帳」という題名の下に先ず前記の三種を提出し、それが大正六年の新年号から掲載され始めたので、引きつづいてその一月から「湯屋の二階」「お化師匠」「半鐘の怪」「奥女中」を書きつづけました。雑誌の上では新年号から七月号にわたって連載されたのです。
 そういうわけで、探偵物語の創作はこれが序開きであるので、自分ながら覚束ない手探りの形でしたが、どうやら人気にかなったというので、更に森君から続篇をかけと註文され、翌年の一月から六月にわたってまたもや六回の捕物帳を書きました。その後も諸雑誌や新聞の註文をうけて、それからそれへと書きつづけたので、捕物帳も案…

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