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梵雲庵漫録
ぼんうんあんまんろく
作品ID4954
著者淡島 寒月
文字遣い新字新仮名
底本 「梵雲庵雑話」 岩波文庫、岩波書店
1999(平成11)年8月18日
初出「七星」第2号、1923(大正12)年5月
入力者小林繁雄
校正者門田裕志
公開 / 更新2003-02-20 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 幼い頃の朧ろげな記憶の糸を辿って行くと、江戸の末期から明治の初年へかけて、物売や見世物の中には随分面白い異ったものがあった。私はそれらを順序なく話して見ようと思う。

       一

 まず第一に挙げたいのは、花見時の上野に好く見掛けたホニホロである。これは唐人の姿をした男が、腰に張子で作った馬の首だけを括り付け、それに跨ったような格好で鞭で尻を叩く真似をしながら、彼方此方と駆け廻る。それを少し離れた処で柄の付いた八角形の眼鏡の、凸レンズが七個に区画されたので覗くと、七人のそうした姿の男が縦横に馳せ廻るように見えて、子供心にもちょっと恐ろしいような感じがしたのを覚えている。
 その頃の上野には御承知の黒門があって、そこから内へは一切物売を厳禁していたから、元の雁鍋の辺から、どんどんと称していた三枚橋まで、物売がずっと店を出していたものだったが、その中で残っているのは菜の花の上に作り物の蝶々を飛ばせるようにした蝶々売りと、一寸か二寸四方位な小さな凧へ、すが糸で糸目を長く付けた凧売りとだけだ。この凧はもと、木挽町の家主で兵三郎という男が拵らえ出したもので、そんな小さいものだけに、骨も竹も折れやすいところから、紙で巻くようにしていわゆる巻骨ということも、その男が工夫した事だという。
 物売りではないが、紅勘というのはかなり有名なものだった。浅黄の石持で柿色の袖なしに裁布をはいて、腰に七輪のアミを提げて、それを叩いたり三味線を引いたりして、種々な音色を聞かせたが、これは芝居や所作事にまで取り入れられたほど名高いものである。

       二

 それから両国の広小路辺にも随分物売りがいたものだった。中で一番記憶に残っているのは細工飴の店で、大きな瓢箪や橋弁慶なぞを飴でこしらえて、買いに来たものは籤を引かせて、当ったものにそれを遣るというので、私などもよく買いに行ったものだが、いつも詰らない飴細工ばかり引き当てて、欲しいと思う橋弁慶なぞは、何時も取ったことがなく落胆したものだった。
 物売りの部へ入れるのは妙だが、神田橋本町の願人坊主にも、いろいろ面白いのがいた。決してただ銭を貰うという事はなく、皆何か芸をしたものだけに、その時々には様々な異ったものが飛出したもので、丹波の荒熊だの、役者の紋当て謎解き、または袋の中からいろいろな一文人形を出して並べ立てて、一々言い立てをして銭を貰うのは普通だったが、中には親孝行で御座いといって、張子の人形を息子に見立てて、胸へ縛り付け、自分が負ぶさった格好をして銭を貰うもの――これは評判が好くて長続きした。半身肌脱ぎになって首から上へ真白に白粉を塗って、銭湯の柘榴口に見立てた板に、柄のついたのを前に立て、中でお湯を使ったり、子供の人形を洗ってやったりするところを見せたものなぞがあったものである。

       三

 私の生…

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