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正雪の二代目
しょうせつのにだいめ |
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作品ID | 49544 |
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著者 | 岡本 綺堂 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「修禅寺物語 正雪の二代目 他四篇」 岩波文庫、岩波書店 1952(昭和27)年11月25日 |
初出 | 「本郷座」1927(昭和2)年5月初演 |
入力者 | 川山隆 |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2011-05-16 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 76 ページ(500字/頁で計算) |
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登場人物
大泉伴左衞門
千島雄之助
深堀平九郎
津村彌平次
本庄新吾
犬塚段八
三上郡藏
山杉甚作
備前屋長七
下總屋義平
義平の母おかめ
大泉の妹お千代
大泉の女中およし
同じく おみつ
下總屋の若い者時助
同じく 勘八
下總屋の小僧仙吉
下總屋の女中おとよ
番太郎 權兵衞
與力井口金太夫
同心野澤喜十郎
町の娘 おもと
同じく おきん
ほかに同心。捕手。町の男。女、子供など
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第一幕
一
江戸の末期、文久二年十一月下旬の午後。
芝の田町、軍學劍術の指南大泉伴左衞門の道場。正面の上のかたに寄せて、一段高いところに疊を敷き手あぶりの火鉢を置き、うしろは大形の襖。平舞臺の正面は板羽目にて、面、籠手、木太刀、竹刀、薙刀などの稽古道具をかけ、下のかたには杉戸の出入口がある。大きい角火鉢には大藥罐をかけ、そのそばには炭取りと茶碗などもある。
(深堀平九郎、廿七八歳、先生の代稽古をしてゐる體、稽古着に胴と籠手を着けただけにて袴をはき、うしろ鉢卷きをして竹刀を持ち、高いところに腰をかけて見物してゐる。大火鉢のまはりには門弟の津村彌平次、犬塚段八、三上郡藏の三人が稽古を待つ姿にて、烟草をのんでゐる。そのなかで彌平次だけは面と胴をつけてゐる。道場のまん中には本庄新吾と刀屋のせがれ長七とが道具をつけて稽古をしてゐる。幕あくと二人は激しく撃ち合ひ、新吾はだん/\に危くなる。)
彌平次 (のび上る。)これはいけない。本庄の方があぶないぞ。
段八 町人に撃ち込まれるとは意氣地のない奴だな。
郡藏 まつたくあぶない。これ、本庄。しつかりしろ、しつかりしろ。
(そのうちに新吾は籠手を打たれて竹刀を落せば、長七は附入つて更に胴を撃つ。)
新吾 まゐつた。
平九郎 や、見事だ、見事だ。長七、貴公は此頃めつきりと上達したぞ。
長七 ありがたうございます。
(新吾と長七は面を取る。)
新吾 籠手を撃つたらもう好いではないか。つゞいて胴へ撃ち込むとは何のことだ。
平九郎 はゝ、負け惜みをいふなよ。眞劍勝負と相成つたら、そんな理窟を云つてゐられるものか。なんにしても貴公の負けだ。
長七 稽古にかゝると何うも夢中になつていけません。どうかまあ堪忍してください。
平九郎 なに、本庄にあやまることがあるものか。劍術の極意は相手をずば/\と斬りさへすればいゝのだ。まして唯今の時世では、なん時どこで眞劍の勝負が始まらないとも限らないから、平生からその積りで稽古をして、道具はづれでも何でも構はぬ、手あたり次第に引つぱたくがいゝぞ。内の先生はその流儀だ。
長七 よく判りましてございます。
(新吾と長七は會釋して火鉢の前に來る。板戸をあけて、女中およし、おみつ出づ。およしは大藥罐を持つ。)
およし お湯はございますか。
段八 (火鉢の藥罐を取つてみる。)いや、空だ。空だ…