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遍路
へんろ
作品ID49599
著者斎藤 茂吉
文字遣い新字新仮名
底本 「山の旅 大正・昭和篇」 岩波文庫、岩波書店
2003(平成15)年11月14日
初出「時事新報」1928(昭和3)年2月10日~13日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-07-31 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 那智には勝浦から馬車に乗って行った。昇り口のところに著いたときに豪雨が降って来たので、そこでしばらく休み、すっかり雨装束に準備して滝の方へ上って行った。滝は華厳よりも規模は小さいが、思ったよりも好かった。石畳の道をのぼって行くと僕は息切れがした。
 さてこれから船見峠、大雲取を越えて小口の宿まで行こうとするのであるが、僕に行けるかどうかという懸念があるくらいであった。那智権現に参拝し、今度の行程について祈願をした。そこを出て来て、小さい寺の庫裡口のようなところに、「魚商人門内通行禁」と書いてあり、その側に、「うをうる人とほりぬけならん」と註してあった。

 滝見屋というところで、腹をこしらえ、弁当を用意し、先達を雇っていよいよ出発したが、この山越は僕には非常に難儀なものであった。いにしえの「熊野道」であるから、石が敷いてあるが、今は全く荒廃して雑草が道を埋めてしまっている。T君は平家の盛な時の事を話し、清盛が熊野路からすぐ引返したことなども話してくれた。僕は一足ごとに汗を道におとした。それでも、山をのぼりつめて、くだりになろうというところに腰をおろして弁当を食いはじめた。道に溢れて流れている水に口づけて飲んだり、梅干の種を向うの笹藪に投げたりして、出来るだけ長く休む方が楽であった。
 そこに一人の遍路が通りかかる。遍路は今日小口の宿を立って那智へ越えるのであるが、今はこういう山道を越える者などは殆ど絶えて、僕らのこの旅行などもむしろ酔興におもえるのに、遍路は実際ただひとりしてこういう道を歩くのであった。遍路をそこに呼止め、いろいろ話していると、この年老いた遍路は信濃の国諏訪郡のものであった。T君はあの辺の地理に精しいので、直ぐ遍路の村を知ることが出来た。しかしこの遍路は一生こうして諸国を遍歴してどこの国で果てるか分からぬというのではなかった。国には妻もあり子もあったが、信心のためにこうして他国の山中をも歩き、今日は那智を参拝して、追々帰国しようというのであるから前途はそう艱難ではなかった。T君は朝鮮飴一切れを出して遍路にやった。遍路はそれを押しいただき、それを食べるかと思うと、胸に懸けてある袋の中に丁寧にしまった。

 僕などは、この遍路からたいへん勇気づけられたと謂っていい、そうして遂に大雲取も越えて小口の宿に著いたのであった。実際日本は末世になっても、こういう種類の人間もいるのである。遍路は無論、罪を犯して逃げまわっている者などではなかった。遍路のはいている護謨底の足袋を褒めると「どうしまして、これは草鞋よりか倍も草臥れる。ただ草鞋では金が要って敵いましねえから」というのであった。これは大正十四年八月七日のことである。

 一夜明けて、僕らは小口の宿を立って小雲取の峰越をし、熊野本宮に出ようというのである。そこでまた先達を新規に雇った。川を渡ったりして…

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