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其中日記
ごちゅうにっき
作品ID49621
副題12 (十二)
12 (じゅうに)
著者種田 山頭火
文字遣い新字旧仮名
底本 「山頭火全集 第八巻」 春陽堂書店
1987(昭和62)年7月25日
入力者小林繁雄
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-12-15 / 2014-09-21
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

知足安分。

他ノ短ヲ語ル勿レ。
己ノ長ヲ説ク勿レ。

応無所住而生其心。

独慎、俯仰天地に愧ぢず。

色即是空、空即是色。

誠ハ天ノ道ナリ、コレヲ誠ニスルハ人ノ道ナリ。

 一月一日 晴――曇、時雨。

午前中は晴れてあたゝかだつたが、午後は曇つて、時雨が枯草に冷たい音を立てたりした。
――別事なし、つゝましくおだやかな元日であつた(それが私にはふさはしい)。
賀状いろ/\、今年は少い、緑平老よ、ありがたう、独酌のよろしさ(鰯の頭をしやぶりながら!)。
餅もある、餅のうまさが酒のうまさを凌がうとする。
終日、独坐無言。――

 一月二日 晴れたり曇つたり、しぐれたり。

をり/\しぐれてしめやかな一人正月であつた。
今日は新聞のない日(関西の新聞聯合申合で休刊)、そのことだけでもさびしい/\。
――求めず(たとへば平安を)、貪らず(たとへばアルコールを)、あるがまゝに、なるがまゝに生きぬかう。
今日も独坐無言だつた!

 一月三日 曇。

寒気りんれつ、小雪ちらほら。
炭火のうれしさ、餅のおいしさ(今朝は食べる物がないので、仏壇のお供餅を頂戴した)。
鶲がさびしさうに啼いて遊ぶ、さびしいお正月だ。
午後、米買ひに街へ出かける、寒いことだけが正月風景らしい、今年最初のコツプ酒一杯!
今日も独坐無言のつもりだつたが、夕方になると、たうとうやりきれなくなつて、湯田温泉へ、――S屋に泊る。
途上で、美しい兄妹風景を見た、そして宿屋では、あさましい痴情風景を見せつけられた。
夜は同宿の植木屋老人に誘はれて諸芸大会見物、二十銭の馬鹿笑である。
咳が出て困る、感冒がこぢれてどうやら喘息らしくなる、睡れないのは苦しいが、苦しくてもこらへる外ない。

 一月四日 曇。

早朝、入浴して、そして二三杯ひつかける。
身心何となく不調、焼酎のたゝりらしい、慎むべきは火酒を呷ることだ、省みて、自分の不節制に驚く。
午後、無事帰庵。
やつぱり自分の寝床がどこよりもよろしい!
朝湯極楽 朝酒浄土
醒めりや地極の鬼が来る

個人を不幸にするもの、私を意味なく苦悩せしめるものは――
  暴飲
  借金
今年の私はこの二つの悪徳から脱却しなければならない。

年をとつて、貧乏すると、食意地だけになる、我ながらあさましいけれど疑へない事実だ。

 一月五日 時雨。

めづらしく朝寝した、肉身をいたはつて臥床。
喘息らしい、それもよからう、からだが病めば、こゝろがおちつく自信を私は持つてゐる。

 一月六日 雪しぐれ。

今にも雪が降りだしさうな、――降りだした。
寒の入、寒らしい寒さだ(一昨冬の旅をおもひだす)。
昨日も今日も独坐無言。――

 一月七日 曇。

雪、雪、寒い、寒い、身も心も冷える。……
――人を憎み物を惜しむ執着から抜けきらない自分をあはれむ。――
終日不動、沈黙を守る、…

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