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かげ
作品ID49680
副題(一幕)
(ひとまく)
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選」 メディアファクトリー
2008(平成20)年3月5日
初出「舞台」1936(昭和11)年7月号
入力者川山隆
校正者江村秀之
公開 / 更新2013-08-20 / 2014-09-16
長さの目安約 38 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

登場人物――重兵衛。太吉。おつや。旅人。巡査。青年甲、乙。

現代。秋の夜。
相模国、石橋山の古戦場に近き杉山の一部。うしろに小高き山を負いて、その裾の低地に藁葺きの炭焼小屋。家内は土間にて、まん中に炉を切り、切株又は石などの腰かけ三脚ほどあり。正面は粗末なる板戸の出入口。下のかたには土竈、バケツ、焚物用の枯枝などあり。その上の棚には膳、碗、皿、小鉢、茶を入れたる罐、土瓶、茶碗などが載せてあり。ほかに簑笠なども掛けてあり。上のかたには寝室用の狭き一間、それに破れ障子を閉めてあり。下のかたには型ばかりの竹窓あり。炭焼の竈は家の外、上のかたの奥にある心にて、家の左右には杉の大樹、薄なども生い茂っている。
月明るく、梟の声。
(棚には小さきランプを置き、炭焼男の重兵衛、四十五六歳、炉の前で焚火をしている。やがて大きい湯沸しにバケツの水を汲み入れて、炉の上の自在にかける。障子の内にて子供の声。)
太吉  おとっさん、お父さん……。
重兵衛 (みかえる。)なんだ、なんだ。
太吉  怖いよう。
重兵衛 なにが怖い。(立上る。)夢でも見たのか。
    (重兵衛は笑いながら、上のかたの障子をあけると、七歳の太吉が寝床から這い出して来る。)
重兵衛 はは、どうした、どうした。
太吉  (父に縋り付く。)怖いよう。
重兵衛 なにが怖いのだと云うのに……。おとっさんはここにいるから大丈夫だ。(笑いながら叱る。)弱虫め。しっかりしろ。
太吉  でも、なんだか怖いよ。おとっさん。
重兵衛 なにを云やあがるんだ、馬鹿野郎……。(声がやや暴くなる。)そんな弱虫で、おとっさんと一緒にここにいられるか。あしたはもう家へ追いかえして仕舞うから、そう思え。いいか。
    (太吉はだまっている。)
重兵衛 それだから家にいろと云うのに、お父さんと一緒ならさびしくねえと云って、無理にここへ附いて来たんじゃあねえか。お父さんは年中この山の中の一軒家に住んでいるが、唯の一度だって怖いと思った事なんぞありゃあしねえ。(云いかけて肩をすくめる。)ああ、夜になったら薄ら寒くなって来た。さあ、おまえも火のそばへ来て、よく暖まって寝ろ。怖いのじゃあねえ、寒いのだ。よく暖まって、好い心持にぐっすり寝ろ。
    (太吉はやはり無言で炉の前に来る。重兵衛は更に枯枝をくべる。梟の声。)
太吉  (怖ろしそうに耳を傾ける。)お父さん。あれ、あんな声が……。
重兵衛 あれは梟だ。梟が啼くのだ。めずらしくもねえ。(笑う。)おまえは今夜、どうかしているな。
    (二人は向い合って焚火にあたっている。薄く山風の音。小唄の声遠く聞ゆ。)
    [#挿絵]惚れて通うに何怖かろう。
    (太吉は俄に立上りて、再び父に取縋る。)
太吉  怖いよう。おとっさん。
重兵衛 また始めやあがった。意気地無しめ。いよいよあしたは家へ…

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