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華々しき瞬間
はなばなしきしゅんかん |
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作品ID | 4969 |
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著者 | 久坂 葉子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「久坂葉子作品集 女」 六興出版 1978(昭和53)年12月31日 |
入力者 | kompass |
校正者 | 松永正敏 |
公開 / 更新 | 2005-07-06 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 93 ページ(500字/頁で計算) |
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南原杉子。うまれは火星日である。地球に最も近い軍神マルスの影響をうけ、最も強烈に、そのエネルギーを放射。戦闘的性質を有し、目的に対して積極的なれど、多難な運命である。その上、人生の終局に於いて、複雑な交叉点に、信号を無視して立脚し、自ら禍をまねく。
一
南原杉子は、突然小さな社会、つまり二組の夫婦の上に出現した。彼女の年齢も歴史もわからない。
大阪近郊、南田辺のとある露地の奥、石の門柱と木の扉。そして踏石が三つ。格子戸の玄関。急な段梯子。きいろくなった襖。庭に面した六畳。壁にぶらさがった洋服類。隅の方にミカン箱。中に食器と台所用具。窓ガラスにぺったりと四角い麻のハンカチーフ。
南原杉子は、二枚のトーストを食べ、牛乳をコップ一杯のみほすと、手早く洋服をきがえた。
十時にビル街のあるビルディングの四階に、南原杉子はあらわれる。東京を脱出して三日目に、紡績会社の広告部の嘱託となった。彼女の仕事は民間放送に関するすべてである。まだ一カ月にならないが、彼女は関西のなまぬるいお湯の中に、東京の、いや南原杉子のにえたぎった血を流しこみはじめた。会社重役も、放送会社の関係者も、出演者も、南原杉子の驚異的な仕事ぶりに唖然とした。南原女史、彼女はしかし決してえばってはいない。親密に、無邪気に、大様に人々を接近させ、包容し、安心させる術を十分心得ている。
南原杉子の生活力の旺盛さ。それは、誰でも知っているところである。今更、彼女の、生活のための生活をさぐったところで大した興味はないわけだ。
二
街の真中に川が流れているのは、いくら汚濁の水といえどもいいものである。近代的な高層建築や、欄干のある料理屋などが、少しも統一されていないまま水にうつる。ガス燈でもつきそうな橋近くに、「カレワラ」のガラス窓がみえる。やはり川に面していて入口は電車通り。喫茶店ではあるが、御客がやって来ても注文ききなどしない。
南原杉子は隅の小さな丸テーブルの前で、さっきからかきものをしている。まるっきり知らない大阪へやって来て、最初あてずっぽうにはいった店が此処であり、珈琲は大して美味しいとは思わなかったが、店の人が商売人くさくないことと、川を眺めるたのしみとで、彼女は度々やって来ていた。カレワラという名前も少しは気にいっていたのかも知れない。
「お水をもう一杯ください」
からのコップをもちあげて、スタンドの方へ声をかけた彼女は、その時どやどや二三人の客がはいって来るのに目をとめた。
「お疲れでしたでしょう。さあどうぞ。奥の御部屋でしばらく御休みくださって」
「あ、どうも」
「蓬莱さん、相変らずカレワラは森閑としてますね」
「そうなのよ。商売に馴れない者は駄目ですわね。でも私よろしいの、此処は御稽古にもって来いの場所なんですもの」
その間に、水のはいったコップ…