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その人を知らず
そのひとをしらず
作品ID49746
著者三好 十郎
文字遣い新字新仮名
底本 「三好十郎の仕事 第三巻」 學藝書林
1968(昭和43)年9月30日
初出「人間 別冊 人間作品集」1948(昭和23)年6月
入力者伊藤時也
校正者伊藤時也、及川 雅
公開 / 更新2009-05-06 / 2014-09-21
長さの目安約 177 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

        1

窓のないガランとした室。
中央にテーブルと三四のイス。
伴(軍服)がイスにかけて書類を見ている。壁の前に人見(セビロにゲイトル)が、棒のようにこわばって立っている。
間――時計の秒刻の音。

伴 (寝ぼけたような顔をあげて)人見。
人見 は。
伴 ツトムいうのかね、ベンかね?
人見 ツ、ツトムで、あ、あります。
伴 三十四歳。……独身か。家族は、妹だけか……妹だね、この治子というのは?
人見 は。妹であります、はい。
伴 キリスト教教会牧師というと……どうだね、ちかごろ?
人見 は? あの、なんでございましょうか?
伴 いや、この――信者か……信者は、よっぽど居るのかね?
人見 いえ、教会といいましても、ほとんど私個人ではじめたようなもので、その、ホンの小さい……二百人ばかり、その、名簿だけにはのっておりますが、現在はホンの五六人、いえ、この、集りなども、全く休んでいまして、実際は一人もおりませんような、状態でして、つまり教会というのは名前ばかりでして――。
伴 ふむ。……それで費用などは、どこから出てる? たいがい、なんだろう、外国から……つまり伝道会というかね――現在はトゼツしとるかしらんが、以前だなあ?
人見 いえ、それは、そんな事はありませんです。最初から、この、なんです、私たち五六人の信者どうしが集ってなにしたもので、一種の独立教会……日本内地の、どんな教派とも、べつにつながって居りませんくらいで、ましてその――
伴 しかし、すると費用は、どうするね?
人見 費用と申しましてもべつにいりませんし――
伴 君や、その妹の生活費だって、いるだろう?
人見 それは、私は、以前、教師をしていましたし、現在は私も妹もチョウヨウを受けまして、そいでまあ――
伴 (書類に目をやって)東亜計器か。飛行機をこさえるんだったね?
人見 はい。もと時計の方の工場でございまして、現在、ズッと、おもに飛行機の計器を製造して――
伴 よかろう。それで――で、主の祈りというのは、どういうのかね?
人見 主の――?
伴 聞かせてくれたまい。
人見 しゅ[#「しゅ」は底本では「しゆ」]、主の祈りでございますか?
伴 うん。やって見せてくれたまい。
人見 でも――。
伴 べつにさしつかえはないだろう?(はじめて笑う) いけないのかね?
人見 ……(おびえた眼で、あいてを見守っていたが、やがて、となえはじめる。色を失った唇がピクピクひきつって[#「ひきつって」は底本では「ひきつつて」]いる)……天にましますわれらの父よ、願くばみ名をあがめさせたまえ。み国をきたらせたまえ。み心の天になるごとく地にもならせたまえ。われらの日用のカテを今日もあたえたまえ。われらにおいめあるものを、われらがゆるすごとく、われらのおいめをも、ゆるしたまえ。われらを試みにあわせず、悪よりすく…

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