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好日
こうじつ |
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作品ID | 49774 |
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著者 | 三好 十郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「三好十郎の仕事 第二巻」 學藝書林 1968(昭和43)年8月10日 |
入力者 | 伊藤時也 |
校正者 | 伊藤時也、及川 雅 |
公開 / 更新 | 2009-07-25 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 106 ページ(500字/頁で計算) |
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1 朝
オルゴールの曲。
室数二十は下るまいと思われる、堂々たる邸宅の、庭に面した二つの座敷。梅雨季の薄曇りの朝。石も樹も格式通りに布置されてサビの附いた庭が、手入れを怠ったため、樹や草の少し伸び過ぎたのがムッと明るい。座敷の、上手の広い室(十五六畳)の縁側近く据えた紫檀の机の前に坐っている三好十郎。机の上には、原稿紙とペン、それから今鳴りわたっているオルゴールしかけの卓上煙草入れ。その辺の調度類とも、まるきり、ふさわしく無い青しょびれた[#「青しょびれた」は底本では「青しよびれた」]風貌で、セルの着物の袖つけの所の大きくほころびたのを着て、痩せた肩を突っぱらしている。煙草をくわえたまま、ボンヤリとオルゴールに聞き入っている。邸内はシーンと静まり返っている。……オルゴール、曲を奏し終って鳴りやむ。……三好、しばらく原稿紙を見詰めていた末、フト、ペンを取り、書きそうにするが、またペンを置き、何か考えていてから、ブルンと頭を振って、煙草を取ってパタンと煙草入れのふたをすると、オルゴール再び鳴り出す。三好、煙草に火をつけるのも忘れ、それをボンヤリ聞いている。……間。……オルゴールの曲が終りに近づく。
奥の襖を開けて入って来るお袖。四十六七の、腺病質らしい、垢抜けのした、銀杏返しの女。
お袖 ……よくよくお好きなんですねえ、ほほほ……。
三好 (夢から醒めたように)なんですか?
お袖 いえさ、こないだっから、そればっかり聞いてらっしゃる。
三好 やあ。ハハ。……先生は?
お袖 奥の倉の中。
三好 見つかりませんか?
お袖 タンスや長持ちが開けられさえすれば、チャンと御先祖伝来のもんですからねえ、いずれどこかに有るにゃ有るんですけどね、たいがい、ペタペタやられているんですから。
三好 持って行かせたいなあ。
お袖 先生だって、そりゃねえ……ごらんなさいよ、あの朝寝坊さんが、こんなに早く裏口なんぞから入って来てさ、クモの巣だらけになってかき廻していらっしゃる。先生の気性を知っているだけ、私なぞ、出来ることなら――。
三好 引っぺがしゃいい。
お袖 だってさ、(両手を背後にまわして見せる)これですもん。
三好 かまわんですよ。僕が引き受けます。
お袖 とんでも無い。こうして、居て貰っているだけでも、すまないと言ってらっしゃるのに、そんな、あなた――。
三好 あべこべだあ。僕あ、行き先きの無い人間なんですよ。――とにかく、そいつは、持って行かないじゃ駄目だ。(立って行きかける)
(そこへ、奥の廊下に足音がして、堀井博士が、手に日本刀を一本と小さい軸物を一つ持ち、塵をフッフッと吹きながら入って来る。四十才位で大きな身体に、半礼服の黒っぽい洋服。おしゃれと色白の顔と鷹揚な人柄がシックリ一つに溶け合って、年よりもズッと若く見える。良家に人と成って苦労知らずに育…