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![]() ごちゅうにっき |
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作品ID | 49783 |
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副題 | 15 (十四) 15 (じゅうし) |
著者 | 種田 山頭火 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「山頭火全集 第九巻」 春陽堂書店 1987(昭和62)年9月25日 |
入力者 | 小林繁雄 |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2010-07-14 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 21 ページ(500字/頁で計算) |
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一月一日 曇――雨。
聖戦第三年、興亜新春、万歳万々歳。
安眠、朝寝、身心平静。
おめでたう、ありがたう。
――起きるなり、水を汲みあげて腹いつぱい飲んだ、それは若水であり、そして酔醒の水であつた。
朝湯、香を[#挿絵]いて自戒自粛、――回顧五十年、疚しくない生活、悔のない生活、あたりまへの生活、すなほにつゝましく生活したい。
朝酒、かたじけなし、酒を楽しみ味ふ境涯であれ。
雑煮のうまさ、酒がうまいやうに。
十時、私も祈願祝祷。
雨、あるいは雪になるらしい、雨もよし、雪もよし、たうとう雨になつた、しめやかな雨である。
転一歩――新一歩。
戦地のS君Y君へ賀状を書く、まことに千里同風の感がある。
風邪をひいたらしい、宵から炬燵にもぐつて読書。
門外不出、黙然独坐の一日であつた。
不眠、酔つぱらひが通る、さすがにお正月らしく。
Nさんに――
……生きてゐることは時々つらいとは思ひますけれど、やつぱり生きられるだけは生きて、酒を飲んだり句を作つたりする外ありません、……それが私の宿業であります。……
一月二日 快晴。
朝湯、おだやかなこゝろ、なごやかな日ざし。
一[#挿絵]の香を焚いて反省する。
子供は羽子つく、隣家から喧嘩の声。
飯のうまさも、そして餅のうまさも、そしてまた酒のうまさも。――
まことにしんじつ文なし正月煙草もなくなり、餅もなくなり、湯札もなくなり、醤油もなくなり……(銭なんか無いことはいふまでもない!)
――あるがまゝに――与へられるまゝに――生かされるまゝに。――
午後、N君来訪、私としては今年最初の会談をする。
招待されて徃訪、来客十人あまり、知つた顔、聞いてゐる顔ばかり、ほどよく飲食して帰宅、めでたし。
人にまじはることは愉快でもあり不愉快でもあり、私のやうな我儘者は長く続けて人間の中に居ることは堪へがたく感じる。……
N君の宅で、ことし初めての数の子を食べた、おいしい数の子であつた。
今日もまた、自分の卑しさ醜さを見せつけられた、やりきれない気持だつた。……
今夜も不眠、おちつけ/\。
・老来。
・かなしみもなく、また、よろこびもなく。
・微熱はわるくない。
うと/\、ぼんやり、しつとり。……
・処女と話すことはよろしい。
半処女ばかり!
・女房に惚れてゐれば家庭安楽だ。
“無明実相即仏性”
素心を失ふこと勿れ。
一月三日 曇。
寒い、雪になりさうな空模様。
けさは新聞がない(定休だから仕方ないが物足りなさを感じる)、けさはまた湯にもはいれない(湯銭がないのである)。
湯町にゐて湯にはいれないとは、みじめすぎる!
そこらを歩いてHさんの店に寄る、不在、新年早々借金しないでかへつてよかつた、やれ/\。
窓のうちあたゝかに落ちついて読書、とにか…