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旧聞日本橋
きゅうぶんにほんばし
作品ID4979
副題19 明治座今昔
19 めいじざこんじゃく
著者長谷川 時雨
文字遣い新字新仮名
底本 「旧聞日本橋」 岩波文庫、岩波書店
1983(昭和58)年8月16日
入力者門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2003-08-04 / 2014-09-17
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 芦寿賀さんは、向う両国の青柳といった有名な料亭の女将でもあった。百本杭の角で、駒止橋の前にあって、後には二洲楼とよばれ、さびれてしまったが、その当時は格式も高く、柳橋の亀清よりきこえていたのだ。横浜にいった最初の旦那は、判事さんだというものもあったが、その人はどうしたことか切腹してしまったのだ。
 だからおしょさんが、お嬢さんあいての月謝をすこしばかり集めて、二絃琴なんぞ教えているということは、めんどくさかったろうと思う。慰さみ半分の閑を消すためだったかもしれない。
 おしょさんの家の箪笥の上の飾りものの数は言いつくせない。およそ美術的にかざった玩具の数々――ああした趣味もこれからの世間には見られまい。下品なものはなかった。隣家に常磐津の老婆師匠が越して来て、負けずに窓のある部屋へ見えるように飾りたてたりしたが、覗いて見ると、それは子供にも不思議に思えた男の子のつけているもののかたちを、かざりならべておがんでいた。

 おしょさんの家へは、綺麗な娘さんたちが多く来た。みんな美しい人だった。お母さんや、ばあやさんの自慢の娘さんたちだった。鴛鴦に鹿の子をかけたり、ゆいわた島田にいったり、高島田だったり、赤い襟に、着ものには黒繻子をかけ、どんなよい着物でも、町家だから前かけをかけているのが多かった。前垂れの友禅ちりめんが、着物より派手な柄だから揃っていると綺麗だった。春の夕暮など、鬼ごっこや、目かくしをすると、せまい新道に花がこぼれたように冴々した色彩が流れた。玉村の――お菓子屋の――お島ちゃんは面長な美女で、好んで黄八丈の着物に黒じゅすと鹿の子の帯をしめ、鹿の子や金紗を、結綿島田の上にかけているので、白木屋お駒という仇名だった。山口屋――本問屋――のお駒ちゃんは八百屋お七――お駒ちゃんの妹の幸ちゃんは実にぱっちりした、若衆だちの顔つきだった。天野さんの――化粧品問屋――×さんはおとなしく、金物問屋のおぬひちゃん、袋物問屋のおよしさんその他の人たちも醜いのはなかった。
 高い脚立をかついで駈てきた点燈屋さんも、立止ってにこついて眺めている。近所の人たちはいうまでもない、通行の人たちも立止っている。そんな時、おしょさんはどんなことを思っていたろうか、いつか、こんなことをはなしたことがあった。
「あたしは十五の時お母さんに叱られたことから、ふと死にたくなって、矢の倉河岸(大川端)に死ににゆこうとしたら、町内の角に木戸口があった時分のことでね、急いでゆく前にぱたんと立ちふさがったものがあるので、怖々顔をあげてみたらば、男の首くくりがぶらさがっててね、あっと思ったとたん死神がどこかへ飛んでしまって――」
「その時、おしょさん、どんな姿してた?」
 何でも訊きたがる私は、話にぶらさがるようにきいた。
「ゆいわたに結って、黄八丈の――あたしゃ、まあいやだよ、いい気になって……

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