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樹氷
じゅひょう
作品ID49855
著者三好 十郎
文字遣い新字新仮名
底本 「三好十郎の仕事 別巻」 學藝書林
1968(昭和43)年11月28日
初出「樹氷」ラジオ・ドラマ新書(上・下)、宝文館、1955(昭和30)年10月1日
入力者伊藤時也
校正者伊藤時也、及川 雅
公開 / 更新2010-05-28 / 2014-09-21
長さの目安約 298 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

第1回

 作者
 馭者
 春子
 勝介
 壮六

(音楽)

音楽しばらく続いて、その間にアナウンス。
アナウンスやんで間もなく音楽やむ。

作者 私は三好十郎でございます。私は以前から長野県――信州の山岳地帯が非常に好きで、戦争前などは殆ど毎夏出かけましたが、殊に好きなのは八ヶ岳の裾の高原地帯で。ちょうどそれは太平洋戦争がはじまる一年前の夏のことで、やはり一人で出かけて、高原深くわけ入り、その方面でいえば、八ヶ岳の麓の人里では一番奥の、最後の部落にあたる落窪という村の旅人宿とはいっても、部屋の数四つばかりのごくさびれた内に二カ月ばかりいました。ある日のこと、午前中の仕事を終えていつものとおり、山歩きに宿を出たのですが、部落をぬけて深い谷川にかけた橋を渡ってしばらく行くと、農民道場があって、そこに各地からやって来て訓練を受けている青年達の明るい歌ごえが流れてきます。(二部合唱のうたを入れる)……それを背中に聞きながら私はやがて非常に深い原生林とカラ松と入れ交った森の中にわけ入って行きました。農民道場の歌声は次第に遠ざかり、夏だというのに蝉の声も聞えず、高原特有の肌にしみいるような静けさの中を森の小道をアテもなくスタスタと歩いて行きました。それ迄に二三度入りこんだことのある森で、三十分以上歩いて、もうそろそろ森を出ぬけてもよさそうだと思う頃、不意に近くで犬のなき声が聞える。足はその声に自然に導かれるようにしてしばらく行くと、明るいひらけたところにポカリと出ました。そのちょうど真中に、この辺りには珍らしい別荘風の――と言うのは、軽井沢あたりと違って、この辺には東京の人たちの別荘など、まだほとんどないのです、古びた山小屋が建っています。平屋建の壁は全部丸太を打ちつけた式の、なかなか趣味のいい建てかたをした家でした。垣根も柵も無いままに知らず知らずその家に近づいて、窓から中をのぞきこみました。内部は大きな広い部屋が一つあるきりの、しかし石を畳んだ暖炉があったり、ガンジョウなつくりの椅子やテエブルなどが見られて、すぐにも人が住めるようになっていますが、しかしいかにも古びはてています。人の影は何処にもみえない。どうした家だろうと思っていると、不意に横手の押上窓をガタンと開けて、一人の男が顔を出しました。この辺の百姓によくある姿をした半白の老人ですが、異様なのはその表情で、ほとんど噛みつくような、憎悪とも嫉妬ともとれる毒々しい目でこちらを睨んでいる。私は何となくドキリとして挨拶をするのも忘れて立っていましたが、彼はいつまでたっても何とも言わないで、その目で私を睨みつけているだけです。その中に家の後へでも廻っていたのか、秋田犬の系統に属する大きな犬が走って私の方に近づいて吠えはじめました。
私はいたたまれなくなって、そそくさと林の方へ立去って行きました。

(音楽)

作…

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