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最初の苦悩
さいしょのくのう
作品ID49861
原題ERSTES LEID
著者カフカ フランツ
翻訳者原田 義人
文字遣い新字新仮名
底本 「世界文学大系58 カフカ」 筑摩書房
1960(昭和35)年4月10日
入力者kompass
校正者青空文庫
公開 / 更新2011-01-09 / 2016-02-22
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ある空中ブランコ乗りは――よく知られているように、大きなサーカス舞台の円天井の上高くで行われるこの曲芸は、およそ人間のなしうるあらゆる芸当のうちでもっともむずかしいものの一つであるが――、はじめはただ自分の芸を完全にしようという努力からだったが、のちにはまた横暴なほどになってしまった習慣から、自分の生活をつぎのようにつくりあげてしまった。つまり、一つの興行で働いているあいだは、昼も夜もブランコの上にとどまっているのだ。食事や大小便といったものはすべて(とはいってもそういうものはきわめて少なかったものだが)、下で見張っている交代の小使たちの手で面倒が見られ、上で必要とされるものはすべて特別につくられた容器で上げ下ろしされるのだった。こうした生きかたからはまわりの生活にとってとくに困難なことは起こらなかった。ただ、ほかの番組が行われるあいだは、彼が姿を隠すことができないので上にとどまっているということ、またこうしたときにはたいていはおとなしくしているにもかかわらず、ときどき観客の視線が上にいる彼のほうにそれていくということが、ほんのちょっとばかり妨げとなった。しかし、サーカスの幹部はこのことを許していた。なぜならば、彼は平凡でない、かけがえのない曲芸師であったからだ。また彼らはもちろん、彼がわがままからこんなふうな生活をやっているのではなく、ほんとうはただそうやってたえず練習をやっているのであり、ただそうやってこそ彼の芸を完璧に維持することができるのだ、ということをよく知っていた。
 けれども、上はそのほかの点でも身体によかった。そして、暖かい季節のあいだ、円天井のぐるりにあるわき窓が開け放たれ、新鮮な風といっしょに太陽の光が強くこのぼうっとかすんだような館内に入りこんでくると、そこはすばらしくさえあった。むろん、彼の人づき合いは限られていて、ただときどきだれか曲芸師仲間が縄梯子をよじ登ってくるだけで、そうすると二人でブランコに坐り、支え綱の右と左とによりかかりながらしゃべるのだった。あるいは、大工たちが屋根を修繕しながら、開いた窓越しに彼といくらか言葉を交わしたり、消防夫が回廊の非常燈を点検しながら、何か敬意をこめたような、しかしほとんど何をいっているのかわからないような言葉を彼に向って叫んだりした。そのほかは、彼のまわりは静かだった。ただときどき、午後のがらんとした小屋に迷いこんだような使用人のだれかが、ほとんど眼のとどかないほどの高みを考えこんだように見上げると、そこでブランコ乗りがだれかに見守られているとは気づくことができないまま、さまざまな芸をやったり、休んだりしていた。
 もしつぎからつぎへと廻る避けられない旅というものがなかったならば、ブランコ乗りはそうやってじゃまされずに暮らすことができただろう。そうした旅興行が彼にはひどくわずらわしかった。興…

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