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判決
はんけつ
作品ID49865
原題DAS URTEIL
著者カフカ フランツ
翻訳者原田 義人
文字遣い新字新仮名
底本 「世界文学大系58 カフカ」 筑摩書房
1960(昭和35)年4月10日
入力者kompass
校正者青空文庫
公開 / 更新2011-01-13 / 2016-02-22
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 すばらしく美しい春の、ある日曜日の午前のことだった。若い商人のゲオルク・ベンデマンは二階にある彼の私室に坐っていた。その家は、ほとんど高さと壁の色とだけしかちがわず、川に沿って長い列をつくって立ち並んでいる、屋根の低い、簡単なつくりの家々のうちの一軒である。彼はちょうど、外国にいる幼な友達に宛てた手紙を書き終えたばかりで、遊び半分のようにゆっくりと封筒の封をし、それから机に肘をついたまま、窓越しに川をながめ、橋と、浅緑に色づいている対岸の小高い丘とをながめた。
 この友達というのが、故郷での暮しに満足できず、すでに何年か前にロシアへ本格的に逃げ去っていったことを、彼は考えていた。今、その友人はペテルスブルクで商売をやっているが、最初はとても有望のようであったその商売も、ずっと前からすでにゆきづまっている様子で、こちらへ帰ってくることもだんだんとまれになってきているが、いつでもそれをこぼしていた。異国の空の下でむだにあくせく働いたわけで、顎や頬いちめんの異様な髯が、子供のころから見慣れた顔をなんともぶざまにおおっていた。黄色な顔の皮膚の色は進行しつつある病気を暗示しているようであった。彼の語るところによれば、かの地における同郷仲間ともしっくりいかないで、かといってロシア人の家庭ともほとんどつき合いをしているわけでもなく、覚悟をきめた独身生活を固めているということだった。
 どうやら道に迷ってしまったらしいこんな男、気の毒とは思うが助けてやることのできないこんな男に、なにを書いてやろうというのか。また故郷へ帰り、生活をこちらへ移し、昔の友人関係とよりをもどして――そのためには実際、障害は全然ないのだ――、さらには友人たちの助力を信頼するように、などと忠告すべきだろうか。だが、そんなことは同時に、いたわって書けば書くほどむこうの心を傷つける結果となり、君のこれまでのすべての試みは失敗したのだ、もうそんなものから手を引くべきだ、帰ってきて、もう去ることのない帰郷者としてすべての人びとに驚きの眼を見はらせて甘んじていなければならないのだ、友人たちだけはいくらか理解してくれよう、君は年とった子供なのだ、こちらにとどまって成功している友人たちに黙ってついていかなければならないのだ、といってやるのに等しい。ところで彼に加えられるにちがいないそうしたいっさいの苦しみは、はたしてほんとうになんかの役に立つものだろうか。たぶん、彼を帰郷させるなどということは、けっしてできない相談なのだ。――おれにはもう故郷の事情はさっぱりわからない、と彼自身がいったではないか。――それで彼はどうあろうと異郷にとどまることだろう、友人たちの忠告に不愉快な思いをし、友人たちといっそう疎遠になって。ところで、もしほんとうに忠告に従って帰郷し、郷里で――もちろんこれはわざとそうするわけではないが、さま…

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