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蒲団
ふとん
作品ID49871
著者橘 外男
文字遣い新字新仮名
底本 「橘外男ワンダーランド 怪談・怪奇篇」 中央書院
1994(平成6)年7月29日
初出「オール読物」1937(昭和12)年9月
入力者門田裕志
校正者江村秀之
公開 / 更新2020-10-10 / 2020-09-28
長さの目安約 42 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 怨霊というものがあるかないかそんな机上の空論などを、いまさら筆者は諸君と論判したいとは少しも思わない。ただここに掲げる一篇の事実を提げて、いっさいを諸君の批判の下に委ねんと思うのみである。科学がこの世の中のことすべてを割り切っているかどうか、それも筆者は諸君と議論したいとは少しも願わない。が、一言贅言を挟ませて下さるならば、読者も御承知のとおり浄土宗の総本山巨刹増×寺は、今より二十八年前の明治四十二年三月二日の夜半、風もなく火の気もなき黒本尊より突如怪火を発し、徳川三百年の由緒を語る御霊屋を除き、本堂、庫裡、護国堂等壮麗なる七堂伽藍いっさいを灰燼に帰せしめた。そしてその怪火の原因は放火と言い失火と称され、諸説紛々として爾来二十八年を過ぐる今日に至るまでなお帰一するところを知らぬ。もし世に怨霊というものがないならば、いったい増×寺は何が故に突如炎上したのであろうか? この事実を諸君はなんと御覧になるか? 世の中のこと万端科学のみをもって闡明せられ得ると過信しきっている人々に、あえて借問したいと考えている。筆者の周囲に未だ現存している人々への迷惑を慮って、この物語の発生した場所人物について、露に指し示して諸君に明確なる全貌をお伝えすることのできぬのを遺憾とするが、きわめてだいたいの輪郭だけを申し上げるならば、この物語を話してくれた当の目撃者である主人公というのは当年五十五歳、いかにも律儀な田舎の商店の主人公にふさわしく、小倉の前垂れを懸けて角帯を締めた、とうてい嘘や偽りなぞは冗談にも言えそうのない分別盛りの人物であった。そして場所は上洲多野郡の某町。土蔵の二戸前も持って、薄暗い帳場格子には、今なお古風な大福帳なぞのぶら下げてある「越前屋」といえば、この辺きっての大きな古着屋であった。
 では以下私と言うのは、ことごとくこの質実なる古着屋の主人公自らを指すものと御承知願いたい。



 左様でごさいます[#「ごさいます」はママ]、この辺の習慣で、私どもでも春と秋との年二回、東京へ品物の仕入れに出るのでございますが、ちょうどその年も、親父が小僧を連れまして仕入れにまいったのでございますが、雨ばかりよく降りました年で、夏の終り頃から、毎日雨がビショビショと降り続いていたように記憶いたしております。
 もうだいぶ古いことでございますからハッキリともいたしませんが。……そうでございます、なんでも今年は莫迦に冷えが早く来たというんで、私ども、袷に羽織なぞを引っ掛けて店に坐っておりましたように覚えておりますから、十月の初め頃ではなかったかと思うのでございます。
 親父は馬喰町の方に宿を取っておりまして毎日、柳原、日陰町界隈の問屋筋で出物を漁っておりましたのでございますが、そう申してはなんでございますが、親父はなかなか商売の方は明かるうございまして、その時分はちょうどおかげ…

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