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世界の変革と芸術
せかいのへんかくとげいじゅつ
作品ID49896
著者和辻 哲郎
文字遣い新字新仮名
底本 「和辻哲郎随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年9月18日
初出「新小説」1918(大正7)年2月号
入力者門田裕志
校正者米田
公開 / 更新2011-01-20 / 2014-09-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 講和近づけりという噂がある。しかし戦争はまだやむまい。ばかばかしい話だが、英独両国で面目をつぶすのをイヤがっている間は、とうてい仲なおりはできぬ。
 戦争はまだ幾年も続くだろう。そうして結局、各国ともに、社会的不安と政治的革命とを経験する事になるだろう。つまり現在露国で露国風に起こっている状態が、英国では英国風に、仏国では仏国風に、ドイツではドイツ風に、必ず起こるに相違ない。そうして一般民衆は現戦争の罪が敵味方共通のある種の資本家やユンケル連にあることを正直に認め、人類の光栄のためにこの種の階級に対して神聖な戦いを宣するだろう。そうなると今対峙している敵味方の間の勝敗などは、どうでもよくなってしまう。今までの軍国主義者や愛国狂は顔を蒼くしてすみの方へ引き込んで行く。その代わり、英、独、仏、露、敵味方各国の人民はお互いに暖かい情をもって手を握り合い、お互いの民族の優れた性質や高貴な文化を賞讃し合う。そうしてこの恐ろしい悲惨な戦争を起こした少数の怪物たちを、共通の敵として憎むことに同意する。
 ここでばかばかしく無意義に見えた現戦争が、文化史的に非常に重大な意義を獲得する事になる。すなわち文芸復興期以後二十世紀まで続いて来た自然科学と国家組織との発達が、その極点に達して破裂してしまうのである。そうして旧来の自然科学的文化の代わりに理想主義的文化が、利己主義的国家の代わりに世界主義的国家が、力強く育ち始めるのである。
 低級な戦争目的が世界的問題となるようなことは、その時にはもう起こらない。新しい世界人の関心事は人生の目的である。人間の生活そのものが、すべての問題の焦点に来る。国家は、人生目的の実現に対して有利であるという事をほかにして、もはや存在の理由をもたないのである。
 かくて人間の生活は、永い間の抽象化を脱して、久しぶりに具体的になる。
 人類の運命はやっと常軌に返る。
 その先駆としての露国革命はきわめて拙く行った。しかし、露国の革命には五十年の歳月が必要だと言われているくらいだから、今の無知無恥な混乱も露国としてはやむを得ないかもしれぬ。同じ革命がドイツや英国に起こる時には、決してあんな醜態は見せまい。民衆の教養は共同と秩序とを可能にする。現在民衆の人間らしい本能を押えつけている力の組織は、やがてまたそれを倒す民衆の力の内にも現われて来るだろう。
 もし近い内に真実の講和が来るとすれば、それは右の機運が内部に熟している証拠である。
 そうでなくただ妥協的に、戦前の状態に復するような講和は成立するわけがない。これほどの大事件が深い痕跡を残さずにすむものか。



 われわれの経験は時間と空間との相違によって著しく強さを異にするものである。
 ある事件を一か月の間に経験するのと、一か年に引きのばして経験するのとでは、その印象の深さがまるで違う。す…

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