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倩娘
せいじょう
作品ID5000
著者陳 玄祐
翻訳者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「書物の王国11 分身」 国書刊行会
1999(平成11)年1月22日
入力者門田裕志
校正者小林繁雄
公開 / 更新2003-10-06 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 王宙は伯父の室を出て庭におり、自個の住居へ帰るつもりで植込の竹群の陰を歩いていた。夕月がさして竹の葉が微な風に動いていた。この数日の苦しみのために、非常に感情的になっている青年は、歩いているうちにも心が重くなって、足がぴったりと止ってしまった。……もうこの土地にいるのも今晩限りだ、倩さんとも、もう永久に会われない、これまでは、毎日のように顔を合さないまでも、不思議な夢の中では、楽しみをつくしておったが、明日この土地を離れるが最後、もうその夢さえ見ることもできなくなるであろうと思った。宙は伯父の張鎰が恨めしくなってきた。
 小さい時から衡州へ呼び寄せられて倩娘といっしょに育てられ、二人の間は許嫁同様の待遇で、他人に向っておりおり口外する伯父の詞を聞いても、倩娘は自個のものと思うようになり、厳しい当時の道徳では、小さいときのように同席することはできなかったが、それでも二人の間には霊感の交渉があって、女の方のことは判らないが、宙の方では夢の中で倩娘ととうに夫婦となっていた。ところで、その倩娘は伯父の幕僚の一人に許された。
 ……それにしても、伯父は何んと云う不誠実な男であろう、これが恩義のない他人であったなら、俺はこんな男に対して、どんな手段を取るだろう、俺が蜀の都へ往くのは、拗ねて往くのではない、苦しいから逃げて往くのだ、何れにしても、俺の事情を知っておる者ならどちらかに解釈すべきはずだ、それだのに、伯父はどうだ、お前を手離しては、自個の小供と離れるも同じことで、淋しくてならない、不自由なことがあれば、何んでも言うなりになってやるから、此処におれと云っている、それは別に心にもないことを云っているでもないらしい、だが、倩さんとの関係のことは、綺麗に忘れてしまったような顔をしている、真箇に忘れたとは云わさないぞ、と、宙はまた伯父の心理状態を考えて見た。
 ……やっぱりとぼけているんだ、狸爺だと、宙は眼の前に醜悪な伯父の姿が立っているような気がした。彼の心は憎悪に燃えた。
「宙さん」
 宙は驚いて眼を瞠った。従妹の倩娘が竹にそうて立っていた。
「倩さんか」
 宙は倩娘の傍へ寄って往った。宙は倩娘の眼に涙を見つけた。
「倩さん、いよいよあんたとも別れる時が来た、私は明日都へ往くことになった」
 倩娘は両手で顔を隠してしまった。倩娘は泣きだした。
「長い間、あんたにも厄介になったが、これも一つの運命だ」
 宙の片手は女の肩にかかった。女は全身を投げかけるように体を寄せて来た。と、宙が今歩いて来た方から跫音が聞えて来た。
「何人か来たようだ、では別れよう、体を大事になさい」
 宙は女と離れてその前にある小門の口の方へ歩いて往った。宙はその時女の足が一足二足自個を追って来たように感じた。

 朝になって宙は伯父の張鎰をはじめ、その幕僚などに見送られて、船に乗って出発した。

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