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阿武隈川水源の仙境
あぶくまがわすいげんのせんきょう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者雪森
公開 / 更新2019-01-24 / 2018-12-24
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

一 甲子温泉

『白川へ至りて甲子の山見ざらむは、甲子の門過ぎて入らざるが如し。甲子の山へ到りて楓葉の景見ざらむは、堂に至りて室に入らざるが如し』とは、白河樂翁公の記せる所也。夏の事とて、その所謂、室には入るを得ざれど、いざ往いて堂に上らむ哉。
 一家一族あはせて九人、午後十一時發の汽車にて上野を發し、曉の四時半白河驛に着し、驛前の旅店に朝食し、『馬あるか』と問へば、『前夜より注文せざれば辨ぜず』といふ。『さらば行ける處までは』とて人力車五臺を雇ひて、女連三人と四男の九歳なると荷物とを之に載せ、われは長男、次男、三男、義甥の健男と共に徒歩す。橋なき川もありて、路惡しく、車行、人行よりもおそし。空曇りて、雨、をり/\到る。時鳥數聲鳴く。歌の上にのみ知りて、まだ實際に聞きたることなき妻に知らせばやと思ひて、その車を待ちあはせ、又鳴くかと待てば、生憎鳴かず。鶯の谷渡りの聲、絶えてはまた續く。路傍に二三軒の家を見るのみにて、一望唯[#挿絵]草と木のみを見る。高原、田となりてまだ久しからざるを覺ゆ。山迫り來りて、四五軒の人家、路を夾む。こゝは折口とて、白河を距ること二里也。人力車これよりは行かれずといふに、車上の人々も下りて、共に一店に休息す。雨甚しくなりぬ。携へたる握飯を午食に充つ。『馬あるか』と問へば、『馬はあれども馬子あらず』といふに、荷物は翌日馬に運ばせることにして、一同雨を衝いて、山路をゆく。
油紙背にかぶりてとぼ/\と
  雨に山ゆくをさな兒あはれ
 男女老若入りまじりての歩行に、路は捗らず。相逢ふ馬はみな牝馬にて、いづれも子馬をつれたり。子馬をり/\立とまりて、母馬の乳を飮むさま、いと可憐也。四男特に笑ひ興ず。その笑ひ興ずるを見て、われは更に又笑ひ興ぜざるを得ざりき。
子をつれて我も越えゆく山道に
  子をつれてくる馬もありけり
 山路とは云へど、野の名殘を留めて、傾斜は急ならず。少し上るかと思へば、また平地あり。幾棟のトタン屋根の大なる馬小屋を左方數町の外に見る。このあたり一面、軍馬補充部白河支部の牧場に屬す。路平らかなるかと思へば、また上る。渇を覺ゆる頃、少しばかりの平地ありて、一株の老松の下に、清水湧く。こゝを高清水と稱す。霽るゝ日は、白河の市街が見渡さると聞く[#「聞く」はママ]
 鳥居平を經て馬立に至る。折口より三里也。唯[#挿絵]一軒の休小屋あり。就いて休息す。こゝまで馬を通ず。こゝより温泉まで一里、馬を通ぜざるにあらざれども、路危險なれば、荷物のみを載せて、人を載せず。兩山相迫つて、一條の阿武隈川のみを剩す。木立も茂れり。樂翁公の命名したりと稱する不動瀧を左に見、樂翁公を出迎へたりと稱する出迎坂を下りて、釣掛橋に至る。見上ぐるばかりの巨巖、奔湍を夾んで矗立し、恰も關門の如し。左巖は樹に埋められたるが、右巖は骨を露はせる部分多くして、長さ五六…

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