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石田堤
いしだづつみ
著者大町 桂月
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者雪森
公開 / 更新2019-11-09 / 2019-10-28
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

『石田三成』一部、朝吹英二氏よりおくりこさる。名は知り居れど、面識は無き人也。氏の著書かと思ひしに、さにあらで、氏はいたく石田三成に同情を表し、其事跡を世に明かにせむとて、渡邊世祐氏にたのみてこの書をつくらしめ、非賣品として、梓に上したる也。渡邊氏も、まだ不完全なりとて、自から謙遜して、稿本と題したるが、ひろく材料を集め、一々出所をしるし、態度眞面目にして、言ふ所、穩健也。三上博士も力を添へしとの事にて、其序文も要を得たり。われ八九年前、一文をつくりて、三成の人物を偉とし、其の關ヶ原の擧を壯としたる事もありたるが、今この書に接して、大いにうれしく思はるゝ也。
 われ思ふに、好漢、好漢を知るといふ言あるが、秀吉と三成とは、その好漢と好漢也。所謂肝膽相照したるもの也。まして三成は所謂兒飼ひの身也。加藤清正も同じく兒飼ひの身なるが、これは武也、三成は文也。即ち清正は軍人にして、三成は政治家也。政治家は正直一方では通らず、非常に才智のいることにて、策略をも要することなれば、人に誤解せられ易し。清正の如き正直なる人には、猶更也。三成が奸智の方の人か、良智の方の人かは、當時にありても、必ずや一大疑問也。清正は、奸智の方に解せしなるべし。秀吉は肝膽相照して疑はざりし也。士は己れを知るものの爲に死すと云へり。如何なる奸智の人とても、兒飼ひの身の上に、肝膽相照されては、奸智も終に良智となるべし。清正は涙の人也。三成は理智の人也、殊に自信が強すぎければ、或一派の人には嫌はれしなるべけれど、それがまた一方には、奸智ならざる反證ともなる也。良智とまでは行かずとも、奸智の側の人にはあらずと信ずる也。
 さらば、關ヶ原の擧は如何にといふに、豐臣氏は、大阪に亡びたるにあらずして、關ヶ原に亡びたる也。されど、關ヶ原の戰なくとも、天下は家康に歸したりし也。三成の擧は、早ければ早き程、三成に利にして、おそければおそき程、家康に利也。何となれば、天下の諸將、日に益[#挿絵]多く家康の恩にひきつけらるれば也。殊に家康は、大老や奉行と約せしことを破りて、私恩を施すに急なれば、關ヶ原の戰は、其名なしとせず。三成が一か八かの擧に出でたるは、尤も千萬にして、大いに痛快也。家康あらば、天下は必ず家康に歸せむ。三成は唯[#挿絵]家康を除くに急也。もし自から家康に代りて天下を取らむと思ひしなるべしと疑ふ人あらば、そは、維新の際、薩長が取つて徳川に代らむと誤解せし佐幕の諸藩の人々の見と同じかるべき也。
 關ヶ原の戰やぶれしは、必ずしも三成の力の足らざるにあらず。その計畫通りに輝元が秀頼を擁して陣に臨まば、勝敗は知るべからず。その事なくとも、秀秋をはじめ裏切りする者が無かりしならば、勝敗は知るべからず。さは云へ、關ヶ原の戰に、西軍が勝ちたりとて、家康が亡ぶるものとも限らず。家康ある限りは、東軍やぶるゝも、天下或ひは…

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