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碓氷峠
うすいとうげ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者雪森
公開 / 更新2018-05-29 / 2018-04-26
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

一 碓氷の古道

碓氷峠へとて、臨時の汽車にて、上野驛を發したるは、午後の十一時、西村渚山、鷹野止水に、子の芳文を加へて、同行四人、腰かけたるまゝにて、眠るともなく、覺むるともなく、一夜をすごして、二十六の隧道も、闇にそれとは知らずに通りぬ。滿山の紅葉は、夜の錦とかこちけむ。午前五時、輕井澤驛に下れば、空は白みかけたり。淺間山堂々として人の眉目を壓するに、頓に目覺むる心地す。驛前に、一簇の人家あり、旅館もあり、こゝを新輕井澤と稱す。北行すること十餘町にして、舊輕井澤にいたる。われ十年ぶりにてこゝに來りて、驚きぬ。輕井澤は、十年の間に、倍以上の繁昌を得たる也。中山道の一名驛、新道出來て衰へ、汽車出來て更に衰へしも、一たび西洋人の避暑地となりてより、一旦すたれし輕井澤もやゝ生氣を帶びたり。年を追ふに從ひて、益[#挿絵]繁昌せるさま也。明治三十年に來り遊びし時には、旅館が唯[#挿絵]二軒なりしに、今は六七軒となりぬ。別莊も多くなりぬ。日本人の別莊さへ加はりぬ。されど、繁昌も夏の間のみ、紅葉の頃には、早や蕭條たり。さまでの眺望は無き高原より山の裾へかけて、赤塗の四角なる家の點綴せるは、西洋人の別莊にて、その趣味の低きことも、推して知らるゝ也。近年、日本の貴顯富豪の、別莊を構ふるものも少なからずと聞く。うるさくも、西洋人の後を追ふは、人か猿か。西洋人の中に神經質なるは、日本人の尾し來たるを厭ひて、尾し來りさうもなき富士山下、御殿場附近に、近年別に一部の避暑地をひらけりとかや。
 一溪、路を横斷するにあひて、下りて顏を洗ひ、口を漱ぐ。曉の冷氣、身に浸む。枯木を焚いて暖を取り、四人火を圍んで朝飯を食ふ。日光は、未だ及ばざれども、夜の色全く去りて、秋の曉澄みたり。上流に燃ゆるが如き楓葉あり。風なきにおのづから散りて、一溪、錦を流す。快きまゝに、休息すること、一時間に餘りぬ。
 坂にかゝりて、七八町上れば、茶店あり。輕井澤の赤別莊、すべて、脚底に在り。近く淺間の噴煙を仰ぎ、遠く立科の高嶺を望み、更に八ヶ嶽の白頭を望む。これ碓氷峠に於ける信州方面の眺望也。こゝにも二十分ばかり休息し、峠にいたりて、熊野祠を石段の下より見上げ、茶亭に就いて、眼を上州方面に放つ。關東平原は、半開の扇となりて開展す。妙義一群の山々、近く脚下にさま/″\の畸形を呈す。三つ目入道みたやうな山もあれば、一つ目小憎みたやうな山もあり、げに山嶽の百鬼夜行とも云ふべき、天下無類の奇觀也。碓氷峠の舊道は、上州方面には、この奇觀を有し、信州方面には、淺間、立科、八ヶ嶽の三高山を併せ見るの壯觀をも有す。關東に峠は多けれども、眺望のすぐれたること、この峠の如きは絶えて其類あらざるべしと思はる。信州方面の壯觀は、或ひは其類あるべし。されど、山嶽の百鬼夜行は、妙義の特有にして、その山嶽の百鬼夜行を殘らず見るの奇觀は、碓氷の特…

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