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沖の小島
おきのこじま
作品ID50029
著者大町 桂月
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者雪森
公開 / 更新2019-11-09 / 2019-10-28
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

箱根路を我が越えくれば伊豆の海や
  沖の小島に浪の寄る見ゆ
とは、鎌倉右大臣の作として有名なるが、二所參詣の時、箱根權現を經て伊豆山權現に詣づる途中にて詠みたるものなるべし。沖の小島とは初島の事なり。當年箱根より伊豆山へ下るには、蘆ノ湖の東南端より鞍掛山に上り、峯づたひに十國峠を經たるべしと思はる。七百年後の今日、裸男この路を經過するに、白浪依然として沖の小島に寄る。伊豆山の浴舍に投ずれば、沖の小島近く窓に當りて、裸男を招かむとするに似たり。十七年の昔、伊豆山より舟を雇ひて之に赴かむとせしに、『浪荒し』とて應ぜず。その後、伊豆山に遊ぶ毎に、必ず舟を雇はむとせしが、いつも天候惡しくして、其の意を得ざりき。大正二年の秋、また伊豆山に遊び、舟を雇はむとせしに、『今日は不可なり。二三日待たれよ』といふ。げに待てば海路の日和とかや。眼は覺めたれど、猶ほ蓐中に在り。煙草を喫しながら、玻璃窓を通して海上に昇る朝日を眺めしに、圖らずも、『今日は天候よし、舟を出さむ』と、女中來り報ず。嬉しや十七年の宿志、今日始めて達す。傍らに臥せる長男を呼び起せば、手を拍つて喜び勇む。旅は路伴とて、同行者を募らしむるに、應ずる者なし。他の宿屋に求めしむるも無し。『番頭の中、誰か行かずや』と誘へど、『いづれも都合惡し』といふ。さらばとて朝食を終へ、親子だけにて舟に上らむとせしに、『同伴を許されよ』とて、女中來たる。女は多く舟に醉ふを以て、遠慮して誘はざりき。『舟に醉はぬか』と問へば、『醉はず』といふ。さらばとて伴ひしが、果してその言の如く、往復とも少しも醉はざりき。
 漁夫四人にて漕ぐ。秋の空霽れて波靜かなり。靜かなれども、大海の事なれば、波のうねりあり。舟は前後に大いに動き、左右に少し動く。左に相模の大山見えそむるかと思へば、右にも天城山見えそむ。天城の傾斜中に、富士形に突起するもの二つあり。大なるを大室山といひ、小なるを小室山といふ。『富士山/\』と長男の叫ぶに、顧みれば、富士の尖端、日金山の上に露はる。舟進むに從ひて益[#挿絵]露はる。箱根の主峯なる神山は、霧に封ぜられ、その支峰なる聖山、鍛冶屋山より岩戸山、日金山、弦卷山、玄嶽、小川澤山は順次南に連なりて、恰も屏風を立つるが如く、その裾に伊豆山、熱海、網代、伊東等の市街散在す。畑層々高く、山の半腹以上にも及ぶ處あり。左には眞鶴崎突出し、右には黒吹崎突出す。三浦半島や、總房半島や[#「總房半島や」はママ]、大島は、霧に隱れて見えず。風起りければ、帆を擧ぐ。黒き鳥の浮べるあり。『鵜か』と問へば、『眞鳥なり』といふ。その飛ぶを見るに、羽の裏白く、腹も白し。その眞鳥の、左の方遠く海上に群れるを漁夫指して、『鰹か鮪かが押寄せたるなり』といふ。『鰹や鮪と眞島とは如何んか關係ある』と問へば、『眞鳥は鰹や鮪の爲に食を得るなり。鰯を食とするものなるが、…

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