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鹿島詣
かしまもうで
作品ID50030
著者大町 桂月
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者雪森
公開 / 更新2021-01-24 / 2020-12-27
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

曲浦長汀、烟霞縹渺として、いつ見ても厭かぬは霞ヶ浦の風光なるかな。この湖、常陸の信太、河内、新治、行方の四郡、及び下總の香取郡にまたがり、周圍三十五里、首部は新治郡の一端をはさんで、燕尾の形をなし、末は北利根川となり、北浦と合して浪逆浦となり、終に大利根川と合す。十六島とは、霞ヶ浦を西にし、浪逆浦を東にし、大利根を南にし、北利根を北にせる、一帶幾萬頃の平地にて、水路縱横に通ず。香取の祠後、櫻の馬場の丘上より眺むれば、この十六島は眼下にあり。十六島を隔てて、潮來の稻荷山と相對す。鹿島の御笠山は、やゝ遠くして、右に當れり。丘より十四五町北にゆけば、大利根に出づ。川にそへる一簇の人家を津ノ宮といふ。水[#挿絵]に大鳥居立てり。鳥居の傍、水に臨みて、一の旅館あり。村田屋とて、佐原にもなき程の宿屋なりとか。六月のなかば、雨漸く止んで、雲慘憺たる夕べ、こゝに宿りぬ。
 曉早く、樓下を漕ぎゆく艪の音に夢やぶれ、戸を推し、欄によりて望めば、そよ/\と吹き來る凉風につれ、朝靄浮動して、幽趣いふべからず。既にして幾聲の欸乃に烟霧消え、江山こゝに始めて分明なり。向ひの岸には、處々に茅屋あり。鍬かたげてゆく人も見ゆ。茫々たる平野の末遠く、ゆくともなく、とまるともなき白帆を目送するほどに、おのづから北利根の流域をたどられぬ。かくて七時頃、鹿島へとて、扁舟に乘れり。
 津ノ宮より鹿島へゆく水路は、大鳥居の筋向ひより十六島を横切り、加藤洲の十二橋の下を過ぎ、北利根に出で、潮來の市街にそうて園邊川に入り、この川を下りて北浦の末の浪逆浦に合せる處を横斷して大舟津に至る。こゝにて舟を捨て、十町餘りゆけば、鹿島祠に達するなり。十六島の地は、もと蘆荻菰蒲のみ生ひしげりしが、今は水田となれり。水郷の事とて、農夫は舟に乘りて往來す。[#挿絵]秧いそがはしき頃なれば、舟の往來、殊にしげし。田植に行かむとにやあらむ。苗を滿載せる扁舟の、へさきには五十歳ばかりの老夫煙草をふかし、ともには菅笠着たるもの艪をあやつる。赤き細帶しめたる姿の、女とは見えけるが、近く我が舟のほとりを過ぎゆく時、始めて菅笠の下の顏を見たるに、農夫の娘にもかゝる人がと思はるゝばかり美しき少女なり。清き眼、白き頬、江山も俄に光彩を添へたる心地す。父をいたはりて、かよわき纎手に、舟を漕ぐ心根、殊勝にもあはれなり。舟漸く遠ざかりて、少女の顏は見えわかず。艪の音のみなつかしげに聞えぬ。
 園邊川の右岸に、長屋門いかめしき一構への家あり。他の茅屋の中に、ひときは目立ちて見ゆ。何人の住家にかと問へば、今は監獄署にとらはれ居る盜賊の家なりといふ。かゝる立派なる家に住まひながら、何を苦しんで盜賊とはなりけるぞといぶかれば、否とよ、初めよりかく家が立派なりしにあらず、盜みたる金にて建てたるものなり。見られよ、長屋の右側に、古びたる小さなる藁屋あり。これ彼…

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