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越ヶ谷の半日
こしがやのはんじつ
著者大町 桂月
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者雪森
公開 / 更新2020-06-10 / 2020-05-27
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

裸男が十口坊と共に、梅を久地に探りし時も、山神附纏ひたれば、壬生忠岑の子となりたりき。又裸男が夜光命と共に、梅を江東に探りし時も、山神が附纏ひたれば、矢張壬生忠岑の子となりたりき。忠岑の子は忠見、即ち唯[#挿絵]見るだけといふ苦しい洒落也。飮みもせず、食ひもせざる也。薩摩守だけの罪は無けれども、『酒なくて何の己れが櫻かな』と云へり、いつも/\山神に附纏はれては閉口と、裸男一人にて、越ヶ谷方面の梅を探らむとすれば、山神同行を乞ふ。『梅を見て、歌を詠み得るならば、伴れて行かむ』と云へば、『梅を見るまでも無し。只今直ぐに咏み申さむ』とて、
愛でましし梅の花をば探る身に
  歌よましめよ菅原の神
 裸男承諾して、午後より共に家を出で、大塚仲町より電車に乘り、廐橋を渡りて、外手町に下り、押上町行きの電車に乘換へむとせしが、雨大いに至る。二人とも傘を持たず。雨に濡れての梅見でもあるまじと斷念して、下るより早く、乘りて引返す。停留場を二つ過ぐる程に、日照る。さらばとて、三つ目の停留場に下り、又乘りて、外手町に達す。我ながら周章てたる男哉。さりながら、多年風雨に鍛へし旅行家の身、我れ一人ならば、如何に老いたりとて、このやうな風雨に弱ることは無けれども、鼻の下の人竝より長きが、裸男の一大缺點、唯[#挿絵]一つしか無き晴衣を著たる山神を氣の毒に思ひての仕業に外ならずと、分疏するだけが野暮にて、馬鹿の上塗なるべし。外手町にて乘換へて、業平橋に下り、小梅橋を渡りて、淺草驛より東武線の汽車に乘り、五十分かゝりて越ヶ谷驛に下る。平日は下等の賃金片路二十七錢なるが、梅の爲に、大割引となりて、往復の賃金三十錢也。
 改札口を經て停車場を出づるは、甚しき迂路なるを以て、別に出口を設けたり。切符を驛夫に渡して直ちに柵外に出づ。雨少しくこぼれ來たる。例の鼻下長の裸男、山神をいたはりて、『この寒きに、御苦勞千萬なり』と云へば、『聞かせ給へ』とて、
雨まじり身を切るごとき寒風も
  物の數かは二人し行けば
『宇田川』と染め拔ける印半纏著たる男、後よりすた/\歩み來り、『梅園に行かるゝか』と問ふ。『然り』と答ふれば、『之を持たせ給へ』とて、肩にせる二本の傘の一つを山神に渡して、またすた/\早足に行く。山神その傘をさすより早く、雨は止みて、傘が却つて手荷物となりたり。
 停車場より僅々三町ばかりにして、梅園に達す。園の名を古梅園と稱す。字は大房にて、越ヶ谷町に屬す。掛茶屋四つ五つありて、頻りに客を呼べども、傘を借りたる義理あれば、『宇田川』といふ掛茶屋に就く。ほんの申譯ばかりの垣根が一方にあるだけにて、淨光寺といふ寺に連なり、田に連なり、畑に連なる。天の浮橋とて、老木の一幹は立ち、他の一幹は横になりて、瓢箪池の中央に自然の橋を爲し、彼方にて起つ。可成り大なる老木もありて、花は今を盛りと咲き滿ちたり。され…

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