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近藤重蔵の富士山
こんどうじゅうぞうのふじさん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者雪森
公開 / 更新2018-06-10 / 2018-05-27
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

這へば立て、立てば歩めと育つる子の、歩きても、『おんぶ』せざるやうになるまでの年月は、短しとせず。四郎もこの頃は漸く『おんぶ』を口にせざるやうになりぬ。さあ來い、運動につれていつてやらうと云へば、『飛び/\』をして喜ぶ。桃葉も倶にす。途に東行を誘へり。
 大※[#「土へん+(蒙−くさかんむり)」、U+585C、126-8]驛さして行く。市區改正は郡部にも及びて、路幅は倍以上にならむとし、兩側の家みな新たにならむとす。肴屋には秋刀魚重なり合ひ、八百屋には、唐菜、三河島、大根、葱などの山積する時節也。開業の飾花々しき賣藥の店頭、蓄音機空しく客を呼ぶ。老婆二人ちよこ/\と後より過ぎ越しがてら、振りかへりて、乞食橋は何處にかと問ふ。乞食橋と云ふかは知らねど、四五町も行けば小さな橋ありと答ふれば、淺草はどの方角にあたるかと問ふ。こちらなりと指さしたれど、顧みだにせずして急ぎゆく。
 電車々々と四郎が珍しがる上野行の電車を、頭上の高架に顧みて、飛鳥山行の電車に乘る。板橋街道を過ぐれば、牧牛場二つあり。ベンチに立てる四郎、ガラス越しに見て、牛が居ると喜ぶ。『もう』にて通じたりしものが、いつしか牛にて通ずるやうになりぬ。『おんぶ』の時代は馬を見て喜びしが、今は牛を見て喜ぶ。關東に馬は多し。牛は牧牛場の外には、幾んど見るべからざる也。瀧野川に下りて徒歩す。東京市は日に/\膨脹して、もと畑の中に人家を見し處、今は人家の中に畑を見る。路の左手に土手長く續きて、中に避雷針多きは、火藥庫とおぼし。手標に導かれて紅葉寺に入る。石の仁王、先づ目につく。田端や雜司ヶ谷にあるものの如く赤紙の貼りつけられざるは、こゝには御利益なきにや。崖上の掛茶屋に休息して酒を呼び、四郎には、柿、衣かつぎ、うで卵子などをあてがふ。さなきだに霜に萎みし紅葉の、枝に殘れるは少なきに、風強くして散ること頻り也。同じく散るにしても、櫻の散るは、優美也。紅葉の散るは、悲凉也。平氏の亡びしは櫻の散る也。源氏の亡びしは紅葉の散る也。濁れる崖下の瀧野川に浮びても、錦とは見えざるが、掛茶屋一面に敷きつめたる赤手布の上に散亂しては、さすがに野趣なしとせず。酒力は少しばかり顏を温めたれど、風威に妨げられて、手足までには及ばず。四郎は食に飽きて、新しき活動を思ふ。さらばとて立ち去る。
 茶屋がくれたる『木兎』、四郎の手にあり。尾花にて木兎の形をつくりたるものを小竹の先にぶらさげたる也。路、ゆきつまる。引きかへさむとすれば、四郎咄嗟につぶやいて曰く、『馬鹿な路を歩いたなア』と。一同覺えず失笑す。思ひかへせば、明治以來の教育も、四郎の所謂馬鹿な路を歩きしことが多かりしやう也。鐘樓と山門とを兼ねたる一種異樣の門を入りて、不動寺に至る。左手の垣根により添ひて、小さき石像あり。甲冑をつけたる一種異樣のもの也。子供二三人、我等と同じく見物しなが…

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