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塩原新七不思議
しおばらしんななふしぎ
作品ID50034
著者大町 桂月
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者雪森
公開 / 更新2019-06-10 / 2019-05-28
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



夜光命、十口坊、打揃ひて裸男を訪ひ、『鹽原温泉に遊ばずや』といふ。『鹽原は幾度も遊びたる處也。唯[#挿絵]未だ鹽原の紅葉を見ず。紅葉の時節なら、否應は云はねど、今はその時節に非ず。又避暑の時節にも早し』と首打傾くれば、『我等兩人未だ鹽原を知らず。枉げて東道の主人となり給はずや』といふ。斯く押強く言ふ以上は、必ず懷が暖かなるべしとは思ひたれど、『例の軍用金』はと念を押せば、夜光命微笑して、『そは我れに成算あり』といふ。さらばとて、三人打揃うて、上野驛より汽車に乘る。裸男、二人に向ひ、『鹽原には七不思議あり。公等之を知れりや』と問へば、『知らず』といふ。曰く逆杉、曰く一夜竹、曰く冬蓼、曰く冬桃、曰く夫婦鳥、曰く片葉ノ蘆、曰く精進川、これ鹽原の所謂七不思議なり』と説明す。裸男更に語を改め、『この行にも七不思議が出來さう也。先づ夜光命が大金を懷にして、我等を旅に誘ふといふことは、これ迄に例の無きことにて、不思議に非ずや。これを新七不思議の第一と爲さむ』と云へば、二人笑つて頷く。



西那須野驛に下りて、大和屋に午食し、三里の那須野を輕便鐵道にて過ぐ。『前の左手に高きは高原山、鹽原はその右の方の山間に在り。右に高くして烟を吐けるは那須山、後ろに最も高きは八溝山、こゝは三島村、これは三島子爵の別邸、あれは三島神社、この櫻樹の多く連なるを見よ。當年の偉人三島通庸、那須野に新道を通じ、那須野を開墾し、其姓は村の名となり、神にさへ祀らる。あの岡が烏ヶ森、那須野を知らむとせば、是非とも烏ヶ森に上らざるべからず。烏ヶ森の彼方には、雲照律師を葬れる雲照寺あり。扨又あれは大山公の別莊、又あれは松方侯の別莊』と、裸男知つた振して、のべつに饒舌る。『乃木大將の別莊は何處ぞ』と、夜光命に問はれて、『それは知らず』と頭を掻く。
 關谷にて輕便鐵道を下り、馬車や人力車を間却して、福渡戸まで凡そ二里の路を徒歩す。裸男相變らず、知つた振して説明す。『この脚下の清流が箒川、これが囘顧橋、この下方に大瀑あり。そら、こゝから囘顧して見給へ、大瀑見ゆ。囘顧して始めて見ゆる瀑なれば、囘顧橋と名づけたり。こゝは大網温泉なるが、紳士の湯治には適せず。この隧道は白雲洞。龍化瀑は、この右方の奧に在り。これは材木岩、あれは五色岩、この一と構へは御用邸、この一簇の人家が福渡戸温泉』と饒舌りながら歩きしに、和泉屋の人々出迎へ、『大和屋より電話かゝれり。いざこちらへ』とて、第一等の客室に請ず。蓬頭粗服の三人、旅に優待せられたる例しなきこととて、互に顏見合せて、これは/\と打驚く。『宮樣の止宿あらせらるゝ室なり』と、女中の説明を聞いて、益[#挿絵]驚く。裸男二人に向ひ、『我等が宿屋に優待せらるゝといふことは、不思議に非ずや。これを新不思議の第二となさむ』と云へば、二人頷く。



一浴したるが、日暮るゝには、まだ…

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