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白河の関
しらかわのせき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者雪森
公開 / 更新2018-06-10 / 2018-05-27
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

思へば夢に似たる哉。われ十九歳の時、仙臺なる叔父を訪はむとて、東京より徒歩したることありき。音に聞きつる白河の關の跡は白河にあるものと思ひしに、白河に至りて、始めて南方三里の外にあることを知りぬ。さらばとて南湖を經て訪ねゆく。岐路あれども、問ふに家なく、人なし。時は午を過ぎて、空腹に堪へず。漸くにして一壯漢の來たるに逢ふ。髯鬚長く垂れて、眼光人を射る。やれ嬉しやと路を問へば、『棚倉街道なり、古關の蹟へは、後戻りせざるべからず』といふ。里程を問へば、『三里もあらむ』といふ。『その途中に飮食店ありや』と問へば、『無し』と云ひつゝ、『一體君は何の目的にて旅するぞ』と問ふ。『仙臺まで行く身なるが、一寸立寄りて、白河の關の跡を訪はむとするなり』と答ふれば、『この文明の世の中、而も君の如き青年の士が、古跡めぐりでもあるまじ。活きたる豪傑を訪へ』とて、その人の名を教へ、その居る處をも教へ呉れたり。さらばとて、引返したるは、世にも意氣地なかりし哉。
 三十年後の今日、來りて南湖に滯留するほどに、圖らずも、白河の川崎旭溪、其の子と共に、自から進んで東道の主人となりて、余を導く。藤田生も共にす。旭溪二瓢を携へ來り、一瓢を余の手にわたす。をり/\休みて、少年同士は菓子、老人同士は酒を口にす。三十年を隔てて、前後の苦樂、餘りに遠く懸隔せる哉。
 前に見し關山、いつしか後になりて、その形、蝙蝠の翼を張るが如し。路傍に靈櫻と稱する櫻あり。今は何代目かの若木なるが、むかし佐藤繼信忠信の兄弟、源義經に從ひて出征するに方り、その父こゝまで送り來り、『我子にして忠勤を勵むならば、必ず生長せむ。然らずんば生育せず』とて、杖にせる櫻の枝を植ゑ立てしに、盛んに生育したりとの事也。數十の茅屋、路を夾む。旗宿と稱す。蕭散なる古驛、馬小屋多し。物賣る家二三軒あり。路傍に共同飮水の水槽ありて、清泉あふれ出づ。『公徳箱』と記せる箱を見受く。曾て上州を旅せし時、『危險物入箱』と記せる箱を見て、蓋を開きしに、中には陶器、硝子、鐵葉などの破片が入りたりき。これもそれと同じものなるべしとて、中を檢せしに、果して然りき。名は何にても好しと云はば、それまでなるが、『危險物入箱』といふよりも、『公徳箱』と云ふ方が、氣が利きて、雅味あり、教訓の意もこもれり。三森長七郎氏に就いて、繪葉書を買ふ。普通の、物賣る人かと思ひの外、巍然たる老先生也。長く小學校長となり居りしが、今は中風に罹りて、起居自由ならず。家に書物堆し。机に依り、歌書を讀み居りしが、旭溪と舊知あり。相見て大いに喜び、快辯滔々として、白河の關の昔を語る。余はこの老先生に對して、『公徳箱』の雅名を聯想せざるを得ざりき。
 家は水車小屋に盡きて、一條の小川流る。白河と稱す。左折して叢林に入る。石段の上に、白河神社あり。下の右方に、石碑あり。『古關蹟』と記す。これ白河樂翁…

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