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多摩川冒険記
たまがわぼうけんき |
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作品ID | 50039 |
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著者 | 大町 桂月 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會 1922(大正11)年7月9日 |
入力者 | H.YAM |
校正者 | 雪森 |
公開 / 更新 | 2020-03-06 / 2020-02-21 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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上
夏の末の大雨に、多摩川氾濫し、家流れ、田流れ、林流れ、人畜死し、汽車不通となりけるが、雨霽れて、三四日經たり。幸ひ日曜なればとて、三人の友と共に、大山街道を取りて、二子の渡に至る。平生水は砂磧中の一小部分を流るゝに過ぎざるに、今や全砂磧を蓋ひ、なほその外にも溢れて、洪水の跡を留む。一見人をして快と叫ばしむ。渡舟にて渡りて後、しばし泳ぎけるが、歸りは別路を取りて、登戸の渡に來たる。渡船は、見るも遙けき彼岸にありて、呼べども聲達せず。泳ぎて渡らずやと云へば、みな同意して、裸になりて、川に入る。數十間にして、一つの洲に達す。こゝまでは、水、腰に及ばず、流れも緩なるが、前途なほ遠く、進めば進むほど深く、且つ急にして、激浪と鬪はざるを得ず。三人の友は、洲に立ちたるまゝにて、進まむとはせず。何の、これくらゐの川にと、齒痒く思ひ、ひとり先んじて行く。水は腹に及び、胸にも及ぶ。流れも急になりて、直行する能はず。凡そ四十五度ばかりの角度にて斜行す。着物は蓙に包みて、左脇に夾みたるが、やがて身長立たざるやうになるべければ、頭に卷きつけむと思ひながら、なほうかうかと進みしに、忽ち激浪の爲に脚を奪はる。己むを得ず、右手のみにて泳ぐ。見る/\二三十間流されたり。前方を見れば、二十間ばかり下の方に一つの棒杭あり。それを目がけて泳ぎしに、將に達せむとして、達する能はず。十間許り下の方の、一つの棒杭に漸く取付きて、一と息つく。これより岸までなほ數十間ありたれど、流れ緩なれば、容易に泳ぎ着くことを得たり。顧みれば、三人はなほもとの洲に立てり。四人の内にては、余最も水泳に拙なり。その拙なる余が泳ぎつくくらゐなれば、他の三人が躊躇するは、あまり意氣地なしと思ひ居たるに、渡船は彼岸に着きたり。やがて彼岸を離れたり。友の一人は之に乘りぬ。これ一行中のハイカラ也。あとの二人は如何にと見る間もなく、又一人乘りぬ。これ一行中の才子也。あとに殘れる一人は、着物を船に託して、歩を進む。これ一行中の蠻カラにして、最も水泳に長ず。余覺えず拍手す。その友進むにつれて、水次第々々に深くなり、腹に及び、胸に及ぶ。もう泳ぎ始めさうなものと、眸を凝らしけるに、拔手を切つて、泳ぎ始めたり。然るにやがて前進せずに、唯[#挿絵]下へ/\と流されゆく。見る/\一町となり、二町となり、三町となる。余は驚きぬ。この友の水泳の技倆ならば、これくらゐの急流は、何事もなき筈也。されど、水泳中に、こむらがへりといふことあり。友はそのこむらがへりに罹りたるにあらざるか。オーイ/\と二た聲三聲悲鳴をさへあぐるに、余は唯[#挿絵]夢中になりて、堤を下に走りゆく。うれしや、友は立ちたり。兩手を上にあぐ。さては、こむらがへりにてはあらざりきと安心す。友は再び泳ぎ始めしが、こたびは、さまで流さるゝことなくして到着せり。友の初め泳ぎし處は、流れの最も…