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十和田湖
とわだこ
作品ID50041
著者大町 桂月
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者雪森
公開 / 更新2021-06-10 / 2021-05-27
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一 五戸

本州の北に盡きむとする處、八甲田山崛起し、その山脈南に延びて、南部と津輕とを分ち、更に南下して、東海道と北陸とを分ち、なほ更に西に曲りて、山陽道と山陰道とを分つ。長さ數百里、恰も一大長蛇の如し。中國山脈は、その尾也。甲信の群山は、その腹也。八甲田山はその頭也。頭に目あり。凡そ三里四方、我國の『山湖』にては最も大なる者也。之を十和田湖と稱す。
 鳥谷部春汀、一日、來りて我を訪ふ。日光に遊びたりといふ。珍らしや、君の如き旅行嫌ひの人が日光に遊ぶとは、さても如何なる風の吹きまはしぞと云へば、日光を見て結構を説きたくもあれど、別に理由あり。我れ此度、久しぶりにて歸省し、母を迎へ來らむとす。そのついでに、君を我郷里の十和田湖に案内したしと思ふ。われ少時、しば/\遊びて、以爲へらく、天下の絶景と。されど、他の勝地を知らざれば、これ或ひは獨り合點なるかも知れず。依りて比較して見むとて、世に名高き日光に遊び、華嚴瀧や中禪寺湖を見たるが、わが十和田湖は、之にまさるとも、劣らざることを確信しぬ。請ふ、來り看よといふ。これ余に取りては、所謂下地は好きなり、御意はよしといふもの也。喜び勇んで、之に應ず。
 長谷川天溪も同行する筈なりしが、その兒の病氣の爲に果さず。春汀と平福百穗と余の三人、明治四十一年八月二十六日を以て、程に上る。海岸線を取りて、翌日午後、尻内驛に下る。浦山太郎兵衛氏、三浦道太郎氏、關根數衞氏、學生五六人來り迎ふ。三浦氏と一行三人と車をつらねて、五戸に向ふ。これ春汀の郷里也。維新前は、南部藩の代官の居りたる處にて、文武共に振ひたりとぞ。五戸の男女學生凡そ百人、村境に來り迎ふ。松尾由郎氏の家にいたる。春汀の義兄也。快闊豪放にして善く談じ、優遇到らざる無し。醫を業とす。青年會の會長たり。江渡又兵衞氏、鳥谷部健之助氏來たる。みな春汀の親戚也。令孃の酌にて、快く飮む。由郎氏の弟、松原宙次郎氏は、酒豪也。大西喜三郎、内藤信男、福士秀雄の三氏、青年會を代表して來たる。麥酒と青森名産の林檎とを贈らる。醉後、江渡又兵衞氏と碁を鬪はす。八百年來、血統正しき五戸第一の舊家なりとぞ。その顏、武者繪の如し。

二 天滿館

二十八日午前、青年會の求めに應じ、その會場に充てたる小學女子部の校舍に赴く。松尾由郎氏開會の辭を述べ、春汀と余と演説す。こゝは、懸崖の上也。もと代官所のあたりたる處なりと聞く。松尾氏兄弟、大西喜三郎氏、江渡富郎氏など余等一行を導いて、天滿館に至る。五戸川の流域の上部を見下し、遙に八甲田の連峯を望む。緑陰に蓆を布いて憩ふ。この地第一の清水と稱せらるゝ天滿水を汲みて茶を[#挿絵]る。風凉し、快甚し。
 松原宙次郎氏、脚下の人家を指して曰く、これを五戸の下町と稱す。享保年間、鈴木新兵衞といふものあり。この村の水帳を預る。一惡漢、金を竊まむとて、夜その家を燒く。新兵…

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