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冬の榛名山
ふゆのはるなさん
作品ID50046
著者大町 桂月
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者雪森
公開 / 更新2020-12-31 / 2020-11-27
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

大いに醉ひて、洋服着たるまゝにて、寢につきたるは夜の一時半、五時の出發には間もなけれど、少しでも睡らむと思へるなり。平生は宵つ張りの朝寢坊なるも、氣の張れる故にや、五時半に眼さめたり。眼ざまし時計を五時にかけ置きたるに、なぜ鳴らぬぞと、いぶかりて、よく見れば、鳴らぬもその筈や、五時にかけたるつもりなるも、大醉のあまりに、誤つて七時にかけたるなり。さるにても、三十分おくれたるのみにて、早く覺めたるこそ仕合せなりけれ。昨夜時間表を見て、五時五十四分新宿發の汽車あることを記憶す。それに乘らむとて、朝飯もくはず、起きたるまゝにて、飛び出でて新宿停車場にかけつけて、時計を見れば、五時五十分なり。
 發車までにはまだ四分ありと喜ぶ間もなく、停車場の時間表を見れば、これも大醉の餘りの見そこなひにして、つい數字の上下を顛倒して、五時四十五分の發車を、誤つて五時五十四分の發車と思ひちがへたるにて、やれ/\、汽車は、正直に、時間通りに、五分前に出發したるなり。
 次の汽車にのりて、田端に着し、前橋行の汽車に乘りかへむとするに、まだ三十分も待たざるべからず。仕方なしとあきらめて、ベンチに腰おろしけるが、渇を催して堪へがたきまゝに、停車場外に出づ。休息店多けれども、朝早ければ、いづこもまだ寢しづまりて、戸をあけさうにもなし。井戸をさがせど、見當らず。あゝ苦しや、醉醒めの水の味を知るものは、醉醒めに水を得ずして、人一倍の苦痛を感ずることもあるなり。
 あちこち、ぶらつく程に、うれしや、一軒の戸あきたり。戸あくと同時に、とびこむ。いづこにても同じためし、起き居たるは、老婆一人、老爺は、なほ眠れるなるべし。起きたるまゝにて、火もなく、湯もわき居らず。餘り早く客にとびこまれて、却つて迷惑せるさま也。火もいらず、茶もいらず、たゞ水のませよとて飮む。一盃、一盃、また一盃、都合三盃、またゝくひまに飮み干して、はじめて蘇生の思ひをなしたり。寒き冬の朝、水を三盃まで飮むを、何とか思ふらむ。老婆にありては、何の造作もなきもてなしなれど、われにありては、仙宮にて玉漿を飮むも斯くや。水をのましゝばかりにて贏ち得たる意外の收入、げに、朝起きは三文の徳のみにもあらずと、老婆さとり顏なり。
 前橋にて汽車を下りて立ち出づれば、休息店の樓上、欄によりて、我を招く者あり。これ翠葉なり。相見て一笑して樓に上る。天隨、天溪の二人、しやも鍋をはさんで對酌す。既に醉へりと見えて、顏の色、鍋の下の火よりも赤し。われも之に加はりて飮むほどに、十二時を過ぎたり。余が汽車にのりおくれたるばかりに、三氏をして、空しくこゝに二時間も待たしめて、洵にすまぬことしたり。旅の路伴、面白きこともある代りに、迷惑することもあるべし。
 澁川まで四里弱の路、鐵道馬車にて過ぎぬ。そこより伊香保まで、凡そ二里、勾配緩やかなる路を、徒歩して上る。微雪と…

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