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町田村の香雪園
まちだむらのこうせつえん
作品ID50047
著者大町 桂月
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者雪森
公開 / 更新2021-03-06 / 2021-02-26
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

東京府南多摩郡町田村の香雪園、横濱八王子間の一名所として、その地方の人には知られけるが、土田政次郎氏の有となるに及びて、其の名漸く世に現はる。土田氏自から東道の主人となりて、あまたの記者を招くに方り、記者ならぬ裸男にも及ぶ。一同東京驛に落合ひて、横濱行の電車に乘る。幹事役の結城蓄堂、一同に向ひ、『誰か碁を打つものは無きか』と問ふに、誰も答ふるもの無し。裸男ひとり『笊碁なら』と答ふれば、『さらば之を』とて贈られたるは、土田氏の著はせる『圍碁哲學』也。土田氏は實業界の名士なるが、一方に田舍初段の力量ありたりとて、さまで異とするに足らざれども、專門の碁家の道破する能はざる碁の眞理を道破し、而も簡勁の筆、專門の文士をして三舍を避けしむるの概あり。さても世には思ひ掛けぬ人もあるものかなと感服して、讀み入る。蓄堂その携へたる瓢箪の酒を一行に分つ。杯來れば飮み、去ればまた讀む。裸男、他の嗜好なし。唯[#挿絵]酒と碁と旅行と讀書とを好む。今圖らずも、この四者を併せ得て、快甚し。いつの間にやら、東神奈川驛に著く。
 東神奈川驛より八王子行の汽車に乘換ふ。裸男には生路なれば、『圍碁哲學』と離れて、目を左右に放つ。金子紫草、右の山麓の人家を指して曰く、『これ日本一の富豪岩崎家の豚を飼ふ處也』。蓄堂左の小山を指して曰く、『これ太田道灌が攻落して、「小机は先づ手習の初にて、いろはにほへとちり/″\になる」と咏みたる小机城の跡也』。土田氏曰く、『大磯へも二時間、町田へも二時間、汽車の行程相同じ。而して大磯の途中は、都を離れたる氣分にならざるが、町田の途中は、東神奈川を離るれば、既に純然たる田舍也。』
 東神奈川驛より原町田驛まで十四哩、小机、中山、長津田の三驛を經て、凡そ一時間にして達す。田舍だけに、人力車が五六臺しか無し。蓄堂、其の妻、その六七歳の娘子、閨秀畫家の有澤江水、三浦英蘭二女史之に乘り、主人公の土田氏を始め他はみな徒歩す。凡そ半里にして達す。小字を本町といふ。町田城の跡にして、城下は鎌倉街道に當れりとかや。園の廣さ凡そ三萬坪、圓錐丘の周圍みな梅、千本と稱す。枝々密接し、花正に滿ちて、全丘香雪に埋めらる。樹下に南天相連なりて赤く、半空に喬松列を成して青し。丘の裾を廻つて皆櫻、八百本と稱す。土田氏曰く、『西洋人の横濱より自動車を驅つて、この櫻を見に來る者はあれども、梅を見に來る者は無し』と。丘上は平かなるが、更に二小丘高まる。その一丘には、一本の梅、洋傘の形して、自然の四阿となる。田や、畑や、森や、脚下に展開して、其の盡くる處、西に大山の連山あり、北に秩父の連山あり。一老梅の側、掛茶屋ありて、茶を賣る。近郷の男女老若の來り觀るもの少なからず。水谷如水その携へたる寫眞機を取出だし、處をかへて撮影すること三度びに及べり。
 土田氏、一同を丘下の小川氏の家に延きて、酒食を饗す。上戸は…

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