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夜の高尾山
よるのたかおさん
著者大町 桂月
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者雪森
公開 / 更新2020-01-24 / 2019-12-27
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

小石川の小日向臺に、檜葉菩薩と稱する賢人あり。門内の檜葉の樹、偉大にして、東京に冠たるを以て、斯く名づく。啻に其の檜葉が偉大なるのみならず、其の人格偉大也。其の學も、其の徳も、其の才も、みな偉大也。三馬鹿、年來この菩薩の指導を受く。或時三馬鹿相會し、相議して曰く、『我等の如き馬鹿者は、何事に於ても小日向の菩薩に敵する能はず。併し我等も日本男兒と生れたるからには、何かの事にて、ひとつ此の菩薩を負かしたきものなり』と。馬鹿の寄合だけに、議する所も馬鹿げたる事也。されど、馬鹿は馬鹿ながら、三人寄れば文珠の智慧とかや。裸男、礑と膝を叩いて、曰く、『諸君喜べ。こゝに奇策あり。檜葉菩薩は身體肥滿せり。山登りの一事は、我等に敵する能はざるべし。高尾山に誘ひて、一つ困らせて見ては如何に』と。夜光命眉を顰めて曰く、『其の策や好し。唯[#挿絵]軍用金なきを如何にせむ』と。十口坊膝を進めて曰く、『君等は寅藥師あることを忘れたるか。侠氣に富みて、多く金を有す。この藥師を拜一拜すれば、必ず我等の爲に蕭何の任に當るべし』と。夜光命も、裸男も、齊しく手を拍つて曰く、『妙案、妙案。』
 三馬鹿の陰謀。いよ/\實行せらるゝこととなりぬ、然るに裸男事故ありて、豫期の時刻より後れて新宿驛に駈け付く。爲に一と汽車後れたり。驛前の旗亭に團欒して、酒汲みかはし居たる一同の前に、恐る/\進み出でて謝罪しけるに、檜葉菩薩少しも腹立てたる樣子なく、例にかはらぬ温顏を以て迎へ、且つ杯を屬し、『久しく逢はぬが、無事なりしか』と、情のありあまる一言。『このやうに慈悲深き菩薩を山に伴ひて困らすなどとは、さても何たる罪惡ぞや』と良心一時腦中に閃きたるが、今更中止すべくもあらず』と糞度胸をきめたる凡夫の心こそ淺間しけれ。檜葉菩薩筆とりて、半紙にさら/\と、豈不※[#「肉」から六画目をとったもの、649-11]乎の四字を書し、『これを何と讀むぞ』との奇問。もとより智慧のなき裸男、『豈に肉ならずや』と云へば、『よく字を見よ。肉の字には一つ丶が足らぬに非ずや』と云はれて、裸男忽ち閉口す。寅藥師も、夜光命も、十口坊も、皆讀む能はず。檜葉菩薩微笑しながら『豈に肉(憎)らしからずや』との説明、一同あつとばかりに、[#挿絵]いた口が塞がらず。菩薩更に筆を執りて、近作の俗謠を書して曰く、
我が嫌ひなま意氣なま醉なま物識なまで好いのはなまこ生貝なま
松魚何より好いのは現なまぢや
一同、これは/\とばかり、感歎す。菩薩、裸男を顧みて、『この歌の對に、「我が好き」を作つて見ずや』といふ。裸男の如き馬鹿者の頭より、これに對すべき妙歌の、湧き出づべき筈は無けれど、『出來ません』と跳ね付くるは、餘りに無愛想也。『いづれ、ゆつくり考へて見申さむ』と、お茶を濁す。
 驛より程近き千駄ヶ谷町に、六一菩薩と稱する洋畫の聖あり。六十一歳になりて初めて一子を…

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