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死の接吻
しのせっぷん |
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作品ID | 5008 |
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副題 | スウェーデンの殺人鬼 スウェーデンのさつじんき |
著者 | 南部 修太郎 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「文藝春秋 七月特別號」 文藝春秋社 1936(昭和11)年7月1日 |
入力者 | 小林徹 |
校正者 | 松永正敏 |
公開 / 更新 | 2003-12-19 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 35 ページ(500字/頁で計算) |
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猫の唸聲
「ふウん、臺所に電氣がついてる‥‥」
凍りついた雪の道に思はず足を止めて、若い農夫のカアルソンは宵闇の中に黒く浮んでゐる二階建の別荘の方へおびえたやうな視線を投げた。
千九百三十二年三月四日、ちやうど金曜の晩のこと、ストツクホルムから程近いモルトナス島のゼッテルベルグ老人の別荘へ昨日から度々電話を掛けてみるのだが一向に返答がない、日頃からごく懇意にしてゐる老人のことなのでひどく氣に掛かつて、その日の仕事をやつと片附けると、カアルソンは自分の農場から一マイルほどの道を大急ぎで駈けつけて來たのだつた。
別荘は玄關にも裏口にも固く錠が降りてゐた。そして、扉を叩いてみても、中はしいんと鎭まり返つてゐた。
「今晩は、今晩は‥‥」
さすがに胸騷ぎを感じながら、カアルソンは二三度大聲に呼んでみた。が、答へるのは自分の聲の木魂ばかり‥‥。
カアルソンは何とはなしにぞつとした。老人夫婦がこんな宵の内に家を締めるなどは今までにないことだ。それに、かちかちに凍りついた物干綱にさがつてゐるあの洗濯物! それは一昨日訪ねて來た時とそつくりそのままではないか?
「こいつアただ事ぢやないぞ。」
さう呟くと、カアルソンはもう夢中で駈け出した。そして、老人が毎日牛乳を買ひに行く、すぐ近所の農夫仲間ロフベルグの家の門口をやけに叩いた。
「己アたつた今ゼツテルベルグさんのところを訪ねて來たんだが‥‥」
と、カアルソンは息を切らしながら、
「と、ところが、臺所にやアちやんと電氣がついてるのに、うんともすんとも返答がないんだよ。」
「ヘエ、そりや妙だな。」
と、ロフベルグも怪訝らしい顏附で、
「實ア己も何か變つたことがあるんぢやないかと思つてたとこさ。と言ふのは、一昨日ちやアんと牛乳を買ひに來なすつたあのお年寄が昨日も來なさらねエし、今日もまだなんだよ。何しろ奧さんの怪我はまだ治らねエ筈だから、家中でストックホルムへ行きなさる譯アなしね。」
「そ、さうだとも‥‥」
不安な樣子でカアルソンは相槌打つた。
ゼッテルベルグ老人はもと株式仲買人で、今は財産の利息で暮してゐる氣樂な體だつたが、その收入が幾分減つたので、寒くて不自由でも少し暮しを詰めようといふ譯で、今年の冬はストックホルムからわざわざ寒氣の嚴しい島の別莊へ移り込んだ。ところが、つい一月ほど前、夫婦でスケイト遊びの最中に細君は過つて薄氷の割れ目に落ち込み、幸ひ老人の手に救ひ上げられたが、その時足をひどく挫いたのだつた。
とにかく中を調べようといふ事になつて、間もなく二人の農夫はまた別莊の方へ歩いて行つた。と、臺所の窓には相變らずぽつと明りが差して、白い洗濯物が突風に吹かれて暗い夜空に搖れ動くのが如何にも薄氣味惡かつた。別莊は灰色の可成り大きな建物だが、階下はすつかり締めきつて、階上の四部屋だけが老人夫婦に…