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胎内
たいない
作品ID50080
著者三好 十郎
文字遣い新字新仮名
底本 「現代日本文學大系 58 村山知義 眞船豐 久保榮 三好十郎集」 筑摩書房
1972(昭和47年)8月31日
初出「中央公論」1949(昭和24)年4、5月号
入力者青空文庫
校正者青空文庫
公開 / 更新2011-04-01 / 2019-01-18
長さの目安約 140 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



暗い。
右手の奥のほうに一ヵ所かすかに明るいところがある。
遠くでかみなりが鳴っている。雨もふっているらしい。それらの音が、ここにこもって、低い反響をおこしている。
…………………
ながいことたってから、かすかに明るいへんの、さらに奥のあたりで人のケハイと足音。それから、にぶいドシンという音がする。その方から、とぎれとぎれの人声。

男の声 うんと!……(イキンでいる)ちきしょう! この……!
女の声 どうするの? え?……どうなさるのよ?
男の声 うん、いや……(ドシンと音)こうして、しまるはずなんだ。ここんとこを、こうすれば……
女の声 だって、しめたりしないでも、いいじゃないの。
男の声 ふん。……この、ワクやなんかが、すこし腐っちまった、ふん。……(またドシンという音)
(声がフッととだえる……間)
男の声 (足音が近づいて、不意に間ぢかなところで)ここだここだ。
女の声 どこよ?……どうすんの、そんな奥の方へ入ってって? (言いながら近づいてくる。その足音)なんにも見えやしないわ。
男の声 あちこち、掘りちらしてあるからなあ、ウッカリすると、まちがえる。
女の声 ちょいとライタアつけてよ。
男の声 火をつけると外から見える。
女の声 かまわないじゃないの見えたって?
男の声 ……いいよ。
女の声 だって、こわいわ。……ぜんたいこれ、なんの穴だろ?
男の声 戦争中、兵隊が掘りやがった――
女の声 兵隊が、どうしてさ? こんな山ん中に、まさか、バクダンなんかおっことすバカはないだろうに――?
男の声 立てこもるつもりだったんだな。本土決戦……ムダなことをしたもんさ。
女の声 くさいわ、なんかしら。(鼻をクンクンいわす)……ジメジメして、――
男の声 ツワモノどもの夢のあとか。
女の声 なまぐさい……ケダモノのくさったみたいな……
男の声 穴熊ぐらい、ここいらにゃいるからね、はいりこんで死んじまって、どっかで腐っているか。
女の声 イヤだあ!
男の声 (女からすがりつかれたらしい)おっとと! それに、どんな奴が入りこんで、なにをしたか……げんに、こうして――
女の声 (男からなにかされたらしく、鼻声で)アラ! バカ!
男の声 ふ! 人間が一番ケダモノくさい。
女の声 だってほんとに。くさいわ――。出ましょう早く。(遠くで雨の音が強くなる)
男の声 うむ……また、ふってきやあがった。
女の声 あんた、前にもここに、はいったことがあるのね? でしょう?
男の声 ……去年、いや、この春だったかな、ブラブラここいらへ来て――
女の声 あの、湯元館のオツヤさんあたりと、いっしょじゃない?
男の声 ヘ!
女の声 女中さんといっても、小麦色の肌をして、ベッピンですもん一種の。こんな山ん中の女中さんにしとくのは惜しいわ。毛がすこしちぢれているとこなんぞも中年向きだ…

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