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明治の地獄
めいじのじごく |
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作品ID | 50098 |
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著者 | 三遊亭 円朝 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「明治の文学 第3巻 三遊亭円朝」 筑摩書房 2001(平成13)年8月25日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2009-08-14 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 9 ページ(500字/頁で計算) |
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えゝ一席申上げます、明治の地獄も新作と申す程の事でもなく、円朝が先達て箱根に逗留中、宗蓮寺で地獄極楽の絵を見まして、それから案じ附きましたお短かい落語でございますが、まだ口慣れませんからお聞苦しうございませう。人間が死んで地獄へ行くとか、善を為したる者は極楽へ昇天するとか、宗教の方では天国へ行く、悪国へ堕ると云ふ、何方が本当だか円朝には分りませんが、地獄からどうせ郵便の届いた試しもなし、極楽の写真を見た事もないから、是は有るか無いか頓と分らん事で、人が死んで行く時は何んなものか、此の肉体と霊魂と離れる時は其の霊魂は何処へ去きますか、どうも是は分らん。此等の事を考へなければ本当の智識とは言へんと云ふ事ださうでございます。随分彼の悟道の方には、「ガンコウ地に堕んと欲する時そもさんか何れの処に達せん。と死んでプウと息の止まつた時に此心は何処へ行くかと云ふ……何処へ参りませう、是は皆様方を伺つたら何処と仰しやるか知りませんが、円朝には分りません。大病でも自分で死ぬと覚悟をし、医者も見放した事も知つて居り、御看病は十分に届き、自分も最う死ぬと諦めが附いてしまつても、とろ/\と病気労れで寝附いた時に、ひよいと間に眼が覚める事が有ります。男「いやア……大層広い……こりやア原のやうな処だ……おや僕は丈夫だが、此間佐藤進先生が迚もむづかしいと云つたよ、それから妻が心配して、橋本先生に診て貰つたら何うだらうと云ふから、診て貰つたが、橋本先生に診て戴いてもむづかしいと云はれた、さういふ御名医方が見放すくらゐの病気だから、僕も覚悟をして居たけれども、少し横になつてうと/\眠られると思つたら、眼が覚めたやうだが……此んなぼんやりした処へ来た……遠くに電気燈でも点いて居るのか知ら、プウと明るいよ……こりや歩ける……今までは両方の手を持て腰を抱いて貰はんと便所へも行けなかつたが……これは妙だ、歩ける……運動に出て来たのか何だか分らん……おや向うへ女が一人行く、もし/\姉さん/\。女「はい。男「少々物が承はりたうございますが、此処は何処ですね。女「此処は六道の辻でございますよ。男「え……それぢやア僕は死んだんだ、こりやア驚いた、六道の辻だとえ、昔青山にさう云ふ処が有つたが、困つたね、僕は死んだのか知らん……姉さん何でげすかえ、矢張あなたは急病かなんかで此処へお出でなすツたかえ。女「はい私も疾うから参つて居ります、おやまア、岩田屋の旦那だよ、貴方は腎虚なんでせう。男「馬鹿をいへ、さうしてお前は誰だツけ。女「柳橋のお重でございますよ。岩「なる程芸妓のお重さんだ、お前は虎列剌で死んだのだ、これはどうも……此方へ来てから虎列剌の方は薩張よいかね、併し並んで歩くのは厭だ、僕は地獄へ行くのは困るね、極楽へ行きたいが、何方へ行つたら宜からう。重「何方へ行つても最う造作ア有りません、直きですよ。岩「それ…